2011年5月13日(金) 9:00

観光客35年前の9倍/本土復帰39年

交通基盤の整備進展/車両4万1800台、普及進む


宮古島市街地の航空写真

宮古島市街地の航空写真

 沖縄県は15日に、39回目の本土復帰記念日を迎える。1972年の復帰以降、宮古でも政府の公共投資によって道路や港湾、空港、学校、地下ダムなど社会、産業、教育基盤の整備が進展。産業面では観光や農業が伸びた。75年に4万4000人だった観光客は、2010年度にはその9倍の40万人を達成。2010年3月末の自動車保有台数は、72年(8100台)比5倍の4万1800台と普及が進んだ。2008年度の1人当たり市町村民所得186万円は、82年度(107万円)の1・7倍。復帰記念日に当たり交通、観光、地場産業、人口、農水産業-の移り変わりをシリーズで紹介する。



 ■交通
 復帰前後の道路は、石灰岩の砕石や粉を敷き詰めたでこぼこの道がほとんどだった。復帰を境に整備が急速に進み72年に24%だった舗装率は、2010年には78%に達した。道路の整備や所得の向上に伴い、自動車が増え現在では、一家に1・7台を持つようになった。昔、草刈りや堆肥の運搬に使われていた荷馬車は、姿を消した。


 復帰前後の人の島外への行き来や、物流は海路に頼っていた。その役割を担っていたのが琉球海運の宮古丸(約1000㌧)と有村産業の八汐丸(680㌧)の中型船。現在は復帰後の平良港整備に伴い、1万㌧級の大型船が就航するようになった。ただ、人を運ぶ船がなく、課題になっている。


 空の便は、1967年に南西航空(現在の日本トランスオーシャン航空)が就航。これを機に、人を運ぶ機能は飛行機に変わっていった。89年には、東京直行便が就航。エアーニッポンが92年の大阪直行便を皮切りに、93年には那覇-宮古間に就航した。


 ■観光
 観光振興には直行便就航や、航空2社の乗り入れ(ダブルトラッキング)実現、大型リゾートホテルの建設などが追い風となった。83年に481室だった客室数は、2009年には2438室に増加。観光客数は89年以降、急な右肩上がりで伸びた。


 宮古の観光客は、以前まで海のレジャーシーズンの夏場に集中していたが、現在は冬から初夏にかけて各種イベントが開催され、周年型に変わりつつある。今後に向けては、①長期滞在体験型観光メニューの開発②修学旅行生の受け入れ③全国における積極的な誘客活動展開-などを課題に挙げている。