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2011年6月13日(月) 22:43

弁証法(行雲流水)

 ある意見(テーゼ)に対して、反対の意見(アンチテーゼ)が対立、そこからよりよい統一、あるいは止揚が生まれる。弁証法(正・反・合の論理)と呼ばれるこの方法は、真理を追究する方法として、社会の進歩の過程を理解する方法としての、哲学の基礎的概念である。そして、本来的には、論議とは弁証法的な対話を意味する




▼こうしてみると、現在の日本の政界のドタバタ劇はいつに、哲学のなさにあると言える。与党からのまともなテーゼ(定立)がない。それと対立する野党からのアンチテーゼ(反定立)の用意もない。したがって、より高い統一や止揚は望むべくもない


▼地震と津波、人災とも言える原発事故で未曾有の被害を被ったにもかかわらず、原発の歴史を踏まえた真剣な検証もなく、これからどうするかという、テーゼもアンチテーゼもない


▼沖縄の基地問題では、米国の国益のための戦略という立場からの、他国民の痛みをかえりみない不条理なテーゼはあるが、これに対立するアンチテーゼがない。したがって、弁証法的止揚は起こらず、展望は開けてこない


▼初心を放棄して「お手柔らかに」と妥協を続けるばかりの与党。一方は相手を倒すことが至上命令であるかのような野党。本来、統一や止揚を図るべき双方が、その土俵さえ破壊しようとする「大連立」構想。それをあおるメディア。残るのは、国民福祉そっちのけの主導権争い、あるいは権力闘争、利権の奪い合いは目に見えている


▼どこまで続くぬかるみぞ。