2011年9月23日(金) 22:57

独逸皇帝感謝碑建立60周年記念式典(行雲流水)

 うえのドイツ文化村の一角に「独逸商船遭難之地」と刻した碑がある。平良ウヤグスの地の「ドイツ皇帝博愛記念碑」(1876年建立)の60年後に建てられたものだ



▼1936年1月、「久松五勇士」に記念品を贈るため来島していた稲垣国三郎大阪市愛日小学校長は20年ぶりにこの記念碑を見たという


▼稲垣校長は、36年は建碑60周年にあたることを思いついた。意義ある記念事業を実施すれば、ドイツ商船救助の美談も世に紹介され、沖縄のよい宣伝にもなる。しかも、時節柄日独親善の一助ともなる一石二鳥の名案だ、と考えたようだ


▼国際親善協会大阪本部を引き受けた宮古出身の下地玄信を準備委員長に据える。4月、ドイツ大使館、外務省など関係筋を歴訪、「感謝碑」の由来を説明。7月、千部の趣意書を各方面に配布。8月、ドイツ大使代理公使は希望通り親日家のトラウツ博士に決定。準備委員会の精力的な行動は国・県をも動かした


▼11月13日、独逸皇帝感謝碑建立60周年記念式典を挙行、14日は遭難地の宮国で建碑。各町村連合の大綱引、15日は全郡運動競技会。南海の地・宮古で繰り広げられた3日間の大イベントは、わずか6カ月そこらの準備で成功させたことになる


▼ボン大学のツェルナー教授と西山崇宏講師がトラウツ・コレクションから75年前の資料を見つけ出した。2人の来島で75年前の映像を見ることができた。3分20秒に収められた宮古の映像は驚きだ。もしかして、75年前の関係者に出会えるかもしれない。