2011年10月24日(月) 9:00

「団結」の歴史、記念碑に/高野入植50周年を祝う

式典・祝賀会を挙行 半世紀振り返る


地域住民や受賞者らがそろい記念撮影=23日、高野集落農事集会所

地域住民や受賞者らがそろい記念撮影=23日、高野集落農事集会所

 1961年に多良間村水納島の18戸と大神島の17戸、宮古島5戸の計40戸から275人が集団入植した高野集落は、入植50周年の節目を迎え23日、同集落農事集会所で記念式典と祝賀会を開いた。式典には住民や行政、政界の関係者らが出席し、開拓時の苦労など半世紀の歩みを振り返るとともに今後を展望した。歴代自治会長や高額寄付者を表彰。50周年記念碑の除幕を行い節目を飾った。祝賀会は、多彩な余興で盛り上がった。
知念期成会長(右奥)らによる記念碑の除幕

知念期成会長(右奥)らによる記念碑の除幕


 当時、大野越と呼ばれた高野の開拓は、琉球政府の移住政策により実施された。背景には、食糧事情の逼迫があった。


 先発隊の40人(40戸の戸主)は、家族の受入態勢を整えるため食糧作りと住宅建設に励んだ。主食のイモは、苗を学校や隣接集落から提供してもらい栽培した。


 式典のあいさつで、先発隊の一人でもある知念貞吉記念事業期成会長は「イモの植え付けを完了した時の気持ちは今でも忘れられない」と当時をしのんだ。 


 住宅40戸はすべて、10坪のコンクリート造り。難儀を極めた手作業のスラブ打ちは同年9月に終わり、家族を迎えた。高野は、縦横に整然と走る碁盤目状の道路が特徴。10坪の住宅は、そのほとんどが大きな家に建て替えらた。産業は農業と漁業が主に営まれている。


 知念会長は、苦難に満ちた開拓移住生活を乗り越えた原動力は「連帯意識と団結心の強さにある」と50年を総括。記念碑には、高野の歴史を象徴する「団結」の2文字を刻んだ。


 下地敏彦市長(代読)は、50年の輝かしい足跡は団結力によるものと評価。今後については、「さらに住みよい地域づくりを目指してほしい」と期待を込めた。


 下地昌明多良間村長は、新天地を切り開いた先輩に敬意を表し2世、3世には、開拓の歴史をステップに未来に飛躍するよう激励した。


 仲井真弘多知事や島尻安伊子参議院議員も祝辞を述べ、高野集落の発展を祈念した。


 表彰を受けた歴代自治会長は次の通り。(敬称略)


 知念邦夫▽狩俣喜一郎▽知念一夫▽荷川取茂▽下地勇▽大浦邦夫▽宮国金治▽大浦栄範▽狩俣徳蔵▽友利博吉▽知念時男▽伊佐秀夫▽知念良夫▽下地長栄▽知念貞吉▽平良昌敏

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