2011年12月10日(土) 22:25

そなえよつねに/池城 かおり

私見公論⑩


 私は5歳のときにガールスカウトに入団し、毎週日曜日に中央公民館に通っていた。活動のとき必ず皆で唱えていたこの言葉を数十年ぶりに思い出したのは、3月日に仙台で地震に遭った時。私は内陸側にある天文台を見学していたが、急遽閉館となり、被害状況を全く把握できないまま宿泊先のある市街地へバスで向かった。バスの窓越しに強く降り始めた雪や余震でぐらぐら揺れる電柱を眺めていた。パニックは起こさなかったが、これから自分が置かれる状況が全く想定できず、頭の中は真っ白になっていた。突然、この言葉が内側から聞こえてきて、子供の頃に唱えていた平仮名の並びが「備えよ常に」であることに気づき、初めてその意味が体の中に入ってきた。しかし命令形であるはずのこの言葉は、心の中で繰り返し唱えられることによって次第に質問の意を帯び始め、災害への備えが心身共に何も無い自分に黙るほか無かった。3日後、山形空港から関西を経由し宮古島に帰ったが、しばらくは現地との緊張感の差になかなか馴染めずにいた。家にいるときも、外にいるときも「もし今ここで何かあったら」と考えずにいられなかった。義捐金の呼びかけは日に日に高まっていても、津波の話題には「宮古に逃げるところは無いよ」と笑って返され、危機感を誰とも共有できずにいた。しかし私もまた、少しずつ日常へ還っていった。



 そのような折、先日の災害フォーラムに参加した。このような機会をつくってくださった宮古青年会議所の皆さんに感謝したい。岩手県宮古市からお越しいただいたゲストのプレゼンでは、当日の被災状況と現段階の復旧状況、生き延びるための心構えや具体的な行動が示された。後半では、市の防災担当より想定されている地震・津波による被災規模について説明があった。想定されている震源は沖合と内陸(直下型)で、両方とも震度6以上の揺れと一部地域の液状化、そして沖合の場合は津波を伴うとしている。市はカママ嶺公園に備蓄倉庫の建設を進めているが、盛加越公園にも設置を検討しているとのこと。また国・県に先駆けて防災計画の見直しも進めているという。


 災害が起きた時、市では「『自助・共助・公助』で復旧への取り組みを考えている」と担当者は述べていた。まずは自らを助け、地域で助け合い、公の支援は最低限とする。つまり、「市民が自律して災害に対応する」前提の防災計画であると私は理解している。それは素晴らしく理想であると思うが、ここで気になることがある。担当者は続けて「備蓄倉庫には市民全員の物資は用意してない」と明言している。備蓄倉庫は「事業費は約1億円」と大きく報道されているが、ならば充分な物資が用意されていると認識してしまうのが一般的ではないだろうか。少なくとも私はそうであった。しかし倉庫の中身については市のホームページにも今は記載を見つけられない。どのような優先順位で配られるのかも、まだ示されていない。また、津波から避難するためには自分の現在位置の海抜を把握し、より高い場所を目指すことになるが、海抜を示す標識はデザインの調整のために時間がかかっているとのこと。


 これらは一部の例であるが、つまり、災害時に市民に自律した行動を促すための「情報」が現時点で充分ではないのである。これは行政批判ではなく(確かな準備ができないと公開できないのは当然)、私たちがそのような現状をまずは認識しなければならないのだと思う。そうすれば、何が自分にとって「必要な備え」なのか見えてくるのではないだろうか。


 ちなみに、海抜についてはインターネットの地図サイトやスマートフォンのアプリケーションより情報を得られるとのこと。自宅や職場、普段よく通う場所の高さをすぐに調べてみよう。また、市のホームページの「防災・安全」のページにリンクされている「宮古島市動く津波のハザードマップ」は必見である。