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2011年12月21日(水) 22:43

人間の絆は、困窮な状態の中で養成されます

日本親業協会親業インストラクター 福里 盛雄


1 今年の社会を表す適切な漢字は「絆」に決定された。


 絆とは、広辞林によると「断ち切ることのできぬ愛情、離れがたい情愛」を言う。今年ほど、人と人との結びつきが最も要求され、そのありがたさを感じさせた年はなかったのではないでしょうか。それも東日本大震災と東京電力の原発の放射線の汚染による人名の危険性に怯えた日々であった。津波の威力は想像以上であり、原発の事故の計り知れない恐怖の前に、人間の想定の貧弱さと人間によって考案された科学物質が、人間の生存に底知れる危険性を背負って襲いかかることがあることに思い知らされた年であったのではないでしょうか。



 人間がどうにもならない困窮の中に突き落とされたとき、人は生きる力を失い明日の見えない闇に包まれてしまいます。その暗闇の中からほのかな希望の光が差し込んできたとき、その光は、人が生きるための命の源となる。最初は小さい光であっても、その小さい光は暗闇では強い光となります。その小さい弱い光が、他の光を寄せ集める力となって、知らず知らずの中に大きな光となっていきます。このように自分には大きなことはできないが、少しでも被災地の人々に何か役立つことができないかと、自分の特徴に真正面から向き合う機会となり、今まで粗末にしてきた自分の特徴に気付いて、それを通して被災地の人々を励まし、勇気づけているという事例の数々が報道されています。


 東日本の震災と原発の被害は日本にとって悲しいことですが、その悲惨な状況の中で、今の日本人が忘れていた人と人の絆のありがたさを多くの人々が実感したことでしょう。


2 人と人との絆は、困難な状態の中で養われ、必要とされる。


 人は、豊かさの中では分かち合って生きる必要性を感じません。今日の日本は物質的豊かさに恵まれ、自分一人で生きていけると傲慢になっています。そのために他人との関わり合いが希薄になりました。他人は他人、自分は自分であり、互いに干渉することなく、それぞれ自分の好きな生き方をすればよいという考えが支配しています。特に法律上もプライバシーの保護の厚い壁にはばまれて、みんな孤立してしまいました。孤立は孤独につながり、人々は精神的には貧困に陥っています。人のこのような精神状況下では、人と人の結びつきである絆は育たないのです。


 今は、親子間の絆、兄弟間の絆も薄れ、家族生活の中心であるべき夫婦の絆もなんともろくなったことでしょう。子の虐待、相続財産の分配を巡っての兄弟間の争い、夫婦間に起きている虐待と家出、離婚。最も理解できないのが、息子による老人への虐待です。最近は、老人の虐待が増加しているとの報道がなされています。子が幼いときは、親は飲まず食わずで子を養育してきました。自分の産み育てた親が老いると、実の血のつながりのある子が、自分の親を虐待するなんて、人間としての道に反すると言わざるを得ません。しかし、それが現実の社会現象なのです。


 このような社会状況を背景として、今年の社会状況を表現する適切な漢字を「絆」に決定したことは、大変有益な判断だったと考えます。


 私たち、人間の「絆」をより強くするために何をすべきか、真剣に考えなければならないのです。まず、冷え冷えした人間関係を温かいぬくもりのある関係に改善することである。そうするために人の心を愛によって豊かにすることであると考えます。愛は人と人を結びつける糸としては、もっとも強固な力を発揮するからです。愛の人は、他人の傷みを自分の傷みとして受け止める。そこに他人との強い「絆」が築き上げられるのです。