2012年1月27日(金) 22:19

旧正月(行雲流水)

 復帰後、中部のコザと南部の糸満を訪ねた。商店街には「年末大売り出し」の横幕が、掲げられていた。新年は明けていたので違和感を覚えた。旧正月が主役の街だからだろう。21世紀の今も同じだろうか



▼明治政府は、太陰暦の明治5年12月3日を、太陽暦の明治6年1月1日に定めた。旧暦の生活を新暦に改めたのである。この大変革が12月だったことについて、役人への給与2回分が1回ですまされたとのエピソードもある


▼沖縄では、琉球処分後、明治の後半頃、県庁や寄留商人、教育界が率先して、「新正普及運動」「新正一本化運動」を行ったようだ。旧正は沖縄正月、新正は大和正月といわれていた。中部・南部では大和正月は少数派だが地域によっては今も残っている


▼戦後は社会教育の一環としてしきりに「新正一本化運動」が展開された。琉球政府創立4年後の1956年、琉球政府は新生活運動推進協議会を設置。新正一本化運動に取り組むも、〈新生活即新正一本化〉は〈上からのおしつけ運動〉であるとの印象を県民に与えたらしい


▼琉球政府の運動提唱から、どれほどの時を経てか、今や旧正は、漁業の町を中心に行われる少数派となっている。マスコミは旧正特番を組んで、琉球舞踊を放映、旧正に一役買う


▼旧正は去る1月23日。旧16日祭と続き、旧盆を含め生活の一部だ。また各地の祭祀も旧暦で行っている。少数派の旧正は特殊となり消えていくのだろうか。何か大切なものを失っていくような気がする。