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2012年2月17日(金) 23:17

落ち着いた街並みづくりを/渡久山 明

私見公論 19


 「マクラム通り」、ご承知のように戦後これまでの長きにわたり、宮古島の幹線道路として多くの市民に親しまれてきた道路ですが、現在の幅に拡張されてからも40年ほどは経っているにもかかわらず、「マクラム通り」と聞くと拡張前の木麻黄並木を思い描いてしまいます。現在の通りの景観はこれまでの拡張工事や街路樹の植え変え等で、すっかり印象が変わってしまいました。



 マクラム通りには、私自身のちょっとした思い出があり、近いうち南北線部分の拡張が始まると聞いて、将来への思いを書いて見ることにしました。


 拡張前の復帰の頃、元郵便局の同通り沿いの土手はきれいな石垣塀になっておりましたが、その石垣に、およそ1・2×10メートルほどはあったと思いますが、「MAKURAMU STREET」と浮字のコンクリート看板がありました。考えるに、その場所の西側は崖になっていたようで、港側の低地からはU字型の坂路を登ったところだったようです。当時としては、崖を崩して直線道路を通した大工事で景観等も一変したことが想像できます。


 当時の関係者は、こうした一大事業を完成させたいろんな思いをあのような立派なコンクリートの看板にして残したことと思い、休みに帰省するたび、この看板を写真に撮ろうと思ったのですが、カメラがないことや、カメラを構えることが恥ずかしかったこと、茅が追い茂っていたこと等が重なってのびのびとなっているうちに崩されてしまいました。


 当時の関係者からすれば、20年そこそこの早きに崩されてしまったことは、予想外のことで多分に悔しい思いをしたことでしょう。その後、観光バスガイドのシナリオでマクラム通りの紹介も書かれておりますが、話す場所(名残りの場所)がありませんので車上で名称だけ紹介されたように思います。もし看板があれば違った風景が見られたことでしょうし、一帯の歴史の紹介があったのかもしれません。


 とは言っても、いろんな都合で残すことが難しかったことでしょう。また、通りや街並みが変化していくことは、社会の進展に伴い仕方がないことと思います。


 さて、今度拡張されるマクラム通りは商店街も隣接し、宮古の中心的なところでもありますので、長期的な計画のもと宮古島市を代表する空間として、公園のような快適で宮古島らしい素敵な景観づくりが必要ではないでしょうか。そして、50~60年は景観の大きな変貌もなく、30年ぶりに帰る人たちにも「自分の宮古島があった」といわれるような場所であってほしいと思います。


 電線地中化で街路樹が少なくなったようですが、現在の街路樹や屋敷木が大きくなるまで大事にし、できれば福木を増やしてほしいと思います。福木は力強いそして落ち着いた美しさがあるとともに、根や枝は横に張らないし街路樹としては管理もしやすいのではと考えます。


 また、自分は将来にむけてどうしてもバス路線の改編が気になるのですが、今回の拡張区間には、宮古島の全路線が利用できるバス停があり、路線の一つに、同バス停から添道、工芸村、高野、細竹、空港、バイパス線、久松、市場、下里通りとめぐる周遊線が通れば人の移動も大きく変化し、商店街の振興にも何らかの効果が出るのではと期待するのです。


 また、添道、福山に至るまでの間を一つの通り名で認識されるほうが地理的基軸としても大きく役立つことになると思います。