2012年2月29日(水) 23:05

配偶者を亡くした者はどのような生き方をすればよいのだろうか

日本親業協会親業インストラクター 福里 盛雄


1配偶者を亡くす者は現実を失う


 ある人は「親を亡くすことは過去を失い、配偶者を亡くすことは現実を失い、子供を亡くすことは未来を失う」という意味のことを言っています。



 60歳、70歳の年代になると、配偶者を亡くして孤独な生活をする人が増えてきます。私たちの周辺にも、そのような人が増えてきました。私もそのことは私とは無関係な、他人のこととして見逃して済まされない年代となり、「明日はわが身かな」と、一人で生きていく訓練を今のうちに経験しておかなければと考えるにつれて、配偶者の存在のありがたさに感謝せざるを得ません。


 妻が私より先に死亡したら、私は果たして生きていけるのか。自分の悲しみ、喜び、不満や心の悩みや、世間話を誰と語ろうか。私の話を心から静かに聞いてくれる人が妻以外に誰がいるというのか。妻を亡くしていろいろと苦しい思いの中で生きながらえるより、自分が妻より少し先に死んだ方がよいのではないか、とそれを望みますが、果たしてその望み通りに神様は処理してくださるだろうか。そうならば、自分でその望み通りの死を人工的に実現することも可能だが、そんなことは残された者に強い悲しみを残すだけとなるし、大変不条理であるとの批判を受けることは当然である。


 一つの考え方として、夫婦が同日に死ねば、今述べた問題は解決されます。しかし、そのようなことは奇跡に近いことであると言える。配偶者の一方を亡くし生き残っている者は、どんな生き方をすれば良いかを夫婦が生存しているときから、話し合っておく必要性を痛感します。


2配偶者を亡くした後の良き生き方


 プラス思考型の生き方をすることです。物事には必ずプラスとマイナスの二面性があります。その物事のプラスの面を重視し、マイナスの面については考えないことです。


 例えば、相手配偶者は、これまで私の半身となって尽くしてくれた。そのような大切な相手を失うことは言葉では言い尽くせない悲しみで胸が締め付けられるのです。そう考えることは、マイナス思考であり、その考え方をプラス思考に転換して、このような良い相手と愛し合って一緒にこれまで生きてきたことは何と幸せな人生だったろうかと、心から感謝し、残された人生を相手の分まで、家族や他人に対して愛を尽くしたいという感謝の心を行動へと変化させていくことであると考えます。


 人は、人生に起きる悲しい別離や死別の経験の中で、人間として本当の生きる力を習得していきます。この社会で一度も死別や別離、その他の悲しみや苦しみに遭遇しないで一生を終えた人はいません。そうであるのに、不幸な人と幸せな人の二種類の人がこの社会に存在します。


 人を二種類に分類するのは何だろうか。それはその人の受けた悲しみや苦しみの軽重によるのではないのです。その悲しみや苦しみに対するその人の対処方法によるものと考えます。朝が来るとはとうてい想像もつかない夜の暗闇のど真ん中で、希望の朝が来ることを確信できるか否かが重要なのです。朝が来ることを確信できる人は、夜の暗闇に耐えて朝を待つことができます。朝の来るのを確信できない人は、失望し心を乱し不安になり、朝の夜明けを喜んで待つことは困難であると考えます。


 配偶者を失い悲しみの中で、この人から受けた他人に対する親切や他人を包み込む寛容な心をもう一度思い直して、そのことを実践していきたい。それによってあの人を愛してきたことの証拠を明確にできるのだと、意識的に楽観的な行動をすることが、幸せな生き方だと言えます。