2012年4月3日(火) 23:08

私たちは、車が故障したときは、車修理工場へ持って行きます。

しからば、人が故障したらどこへ行けばよいでしょうか

日本親業協会親業インストラクター 福里 盛雄


1車の故障には車体とエンジンの故障があります


 車体が壊れたときは、板金工に直してもらいます。そしてエンジンの故障のときは、エンジニアに直してもらえばよいのです。なぜ、車が故障したときは車修理工場へ持っていって修理してもらえるでしょうか。車修理工場の職人は、車の構造については詳しい知識と故障を修繕する技術を持っているからである。車の構造に対する知識のない所に車の修理を依頼しても車の修理はできません。かえって車を余計に悪くするだけである。もっと完全で安全な方法は、その車を製造した工場に持って行くことである。なぜならば、車を製造した者がそこにいるし、その車については他の人より鮮明に知っているからである。



 私たち人間にも、体の故障と精神的故障があります。体の故障は肉体の病気であり、精神的故障は精神的病気であります。私たち人間は、この二つの病気に苦しめられています。精神的故障と肉体的故障とは密接関係が存在します。最近の医学界では精神的病気が肉体病気の要因となっている場合が多いとの指摘がされています。しかし、この二つの病気に対しては医学的分野においては、大きく内科と外科に専門医が分かれているのが現状です。


2 私たちは、精神的・肉体的に故障した場合はどこへ行けばよいでしょうか


 精神的故障の場合は精神科の病院に、肉体的故障の場合には外科の病院にお世話になります。これが一般的傾向です。文明の発達と科学の進歩によって、今の私たちの社会生活も地域的に拡大し、価値観の多様化に伴って、人間関係も希薄になった。そのために人と人との精神的結びつきも弱体化したとの指摘がなされています。その結果、私たちの社会生活は、どのように変化したでしょうか。いわゆる文明病と言われる精神的障害が多発してきたという見解も多く聞かれるようになった。


 私たちの心は、さまざまな人間関係から生ずるストレスによって活力を失い、不安と喪失感で満ちあふれています。本来の心の状態を回復するために、私たちはどこで誰に相談すればよいのだろうか。


 私たちの心と魂が本来の活力と希望に満ち満ちた姿を取り戻すためには、私たちの心と魂を創造した創造者に相談し、その力に委ねるのが最も優れた方法であります。なぜならば、私たちの心と魂の創造者だけが、私たちの心と魂の欲求をよく知っておられるからである。私たちの心の魂は、その創造者とともに生き、働き、存在することが可能となるのです。パスカルは、私たちには神によってしか埋めることのできない心の空洞があるという意味のことを言っています。私たちは、心の空洞が満たされることによって生きる活力を取り戻します。


 人は、心と魂の活力によって生きた存在となるのです。活力のない心と魂は死んでいるのと同様である。死んだ心と魂は腐敗していて、その人の身体全体を次第に腐敗させて、その本人さえも最後は死亡に至らしめることになりかねない。「死んだライオンは生きている蟻よりも弱い」の例えのように、生きる欲求のない人間は、死んだと同様です。


 私たちは、車が故障して動かないときは、その車の製造工場または修理工場に持っていきます。私たちの心と魂が死んだときには、それらの創造者であり、その根本原因をよくご存じの創造者からその解決策を願い求めなければなりません。そうすれば、心の平安を与えます。創造者から来る平安は、永遠に不変であり、普遍的であり、誰でもその人から奪い取られることはない。その平安は、さまざまな圧力に打ち勝つ心に力を与え続けます。