2012年7月14日(土) 22:47

「いじめ」(行雲流水)

 むかし、小学校3、4年の年頃の少年たちの間で「スカキ」というけんかになったときの和解の仕方があった。今でいえばレスリングである。それにはかまない、首を絞めない、こぶしで殴らないといった決まりがあって、仲間のみんなが立ち会った


▼汗だくになっての取っ組み合いで、けんかではないから「スカキ」が済むと元の仲良しクラブである。今どきの子供たちには見られない遊びだ。「スカキ」はギャング エイジといわれる少年たちの社会性を育む遊びであったように思える。相手の痛みを自らの痛みととらえ、相手をいたわる優しさも芽生える


▼集団で遊ぶ子供世界は縦社会であって自然に序列ができていたが、そこに優劣の意識はなかった。スカキの勝ち負けが仲間内での優劣につながるものではなかったのである。10歳前後の少年が衝突したとき仲間内で解決する知恵を持っていた


▼いま、子供たちは集団で一人をいじめる。なぜそうなってしまったのだろうか。子供社会は大人社会を反映するものだと考えると、大人社会の権利、権力、経済力が大きければ大きいほど社会序列は優劣に姿を変える


▼権力を掌中にした者、権利を声高に主張するもの、手段はどうであれ大もうけをした者は概して自らの優位性と正当性を主張して他を顧みない。人としての心が失われているのではないか


▼大津市立中学校の男子生徒自殺問題で学校、教育委員会、文部科学省の狼狽(ろうばい)ぶりは子供たちの自立していく過程を理解せず、立場を守るのに窮しているとしか思えない。学校は子供たちのためにあると思うのだが。