2012年8月15日(水) 22:30

「天ぷら屋」(行雲流水)

 おいしく利用していた天ぷら屋が店じまいした。電話予約してから向かわないと長時間待たされるほど先客は万来。メディアによる広告宣伝はなく種類も魚天と野菜天だけ。それでも人気は急上昇中だった



▼当店の魚天を初めて口にしたとき客が集う理由がわかった。衣の味つけが絶妙で芯の魚の切り身も長大で厚い。量販店などで大量に出品されている魚天の中には二度と食したくないものに出くわすこともある


▼芯の切り身が申しわけ程度の小片で衣も歯ごたえがなく見かけ倒しの魚天である。中身がどうなっているかは買い手は見た目だけではわからない。消費者は製品の隠れた部分への真摯(しんし)な気配りに生産(造)者の良心を見いだすものである


▼当店の魚天は他の店と一線を画していたと利用客の多くが異口同音にたたえるゆえんである。かつて台湾産マンゴーを県産のマンゴーと偽装し宮古島に大きな痛手を与えたような目先の利益に追従する商活動はあってはならない


▼職場の休憩時のおやつとして、入学・卒業・新築等の祝い座に招いた知友人へのもてなしの食品としてよく利用されたという当店の魚天ぷら。たった一つの品を介して多くの市民が共通の味の絆で結ばれていた。閉店が惜しまれる


▼天明初頭(1784年頃)大阪から江戸に来た男が小説家山東京伝を訪れ「魚を揚げたものを売ってみたいがよい名が思いつかない。教えてほしい」と頼んだ。逐電(ちくでん)(行方不明)浪人がぶらりとやって来たのでシャレて電ぶらり「天(電)麩羅」と書いて渡した。天ぷらの語源というが定説ではない。