2012年11月12日(月) 23:34

「寺田寅彦」(行雲流水)

 「天災は忘れたころにやってくる」。この何でもないような寺田寅彦の言葉だが、過ぎてしまえば何事も忘れてしまいがちな風潮に対する警告として、いま、あちこちで引用されて、深く静かに影響を与えている



▼寅彦の先見性はいろいろな面でみられる。明治期にすでに風力発電の有用性について書いている。また自然についてはこう書いている。「科学者になるには自然を恋人にしなければならない。自然はその恋人にのみ真心を打ち明けるものである」


▼彼の目は客観性、普遍性を鋭く追究する科学者の目であるが、感じ方は自然を共感すべきもの、共に生きるものととらえる日本的なものであった


▼彼に影響を与えた人が二人いる。一人はノーベル賞科学者のレイリー卿である。気ままに好きなテーマで、好きなように研究することを楽しむのが二人に共通している。レイリーは「なぜ空は青いか」を研究し、寅彦は「尺八の音響学的研究」で博士号を取得している。19世紀末から20世紀初頭にかけては物理学の変革期である。彼は「X線による結晶解析の研究」でブラッグ父子と同じ結論を得たが、ブラッグ父子の方がノーベル賞を受賞した


▼あと一人の師は夏目漱石である。寅彦は漱石を尊敬し、漱石は寅彦を愛し、その才能を高く評価した。二人は俳句やエッセー、物理についてよく語り合った。『吾輩は猫である』に登場する理学士水島寒月は寅彦がモデルである


▼「科学は不思議を殺すものではなく不思議を生み出すものである」という言葉が寅彦らしい。