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2013年10月12日(土) 9:00

「うらやま」(行雲流水)

 平良中学校のうらやまが消えた。小学3年生の孫にそう話しかけると「公園になるんだって」と返事が返ってきた。「公園、…」言葉が出ない。「やま」を削り窪地を埋めての公園とは? この子が思い描く公園はどんな公園だろう、行政はどのような公園を予定しているのだろうか


▼50年前のうらやまは灌木が茂り、小さな生き物たちの住処であった。人の営みはいくつかの墓があっただけなのにいつの間にか教会が立ち、人家が建って「やま」らしさが無くなりかけていたが、それでもその姿はまだ残っていた。しかし、いまは教会と一軒の民家を頂に残したまま周囲は平地になってしまった


▼人間の自然に対する身勝手さは大昔から語られているのに人間の仕業は少しも変わっていない。古代メソポタミアで紀元前2600年ごろに実在したシュメールの王ギルガメシュは美しい森を守る妖怪を退治して杉の木を伐採するが神の怒りを買うことになった


▼自然を破壊するものとそれを守るものとの壮烈な戦いは1997年に公開された宮崎駿の『もののけ姫』にも見ることができる。鉄を作るために森を切り倒し山を削るタタラ一族とそこに住む妖怪や精霊たちの戦いだ。もののけ姫で宮崎は自然を収奪する人間の欲の深さを描いた


▼宮古島のいたるところに居たであろう島を守る神や精霊はもういない。人々は鉄の塊でできた重機で造作なく雑木を取り払い岩を砕き小動物たちの住処を奪って公園にしたり畑をつくったりしている

▼島の発展とはそういうものなのか。機械の破壊力に頼って島本来の姿を人間の都合のいいように造りかえる、それでよいのか。消されてしまった「うらやま」がそう問いかけている。(凡)