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2013年10月30日(水) 9:00

人は、なぜ、生きるのか

沖縄国際大学名誉教授 福里盛雄


1、人は、なぜ、生きるのか、その理由は何か。


 この問題は人類が常に問い続けてきた課題であり、現在の私たちの解決したいと願っている大変重要な問題だと言える。なぜならば、このことが解決できないために、多くの人々が悩み、苦しんでいます。私たち人間は、自分が何のためにこの世に生まれ、生きつづけていなければならないのか。それに対する明確な答えを持たないまま、幸せに生きていく力は沸いてこない存在なのです。私たち人間は、ただ無意味に生きているだけでは、本当の喜びも感動も感じない存在です。喜びも感動もない人生は不毛であり、そこにおいては、実りある豊かな人生は、期待できないのです。


 カレンダーに掲載されている星富弘詩人の絵の一つに母親豚が、子豚たちが、急いで楽しそうにえさを食べている姿に、「なんで、こんなにいそいで、楽しそうに食べるのか。大きくなったって何が待っていると言うのか。そんなにいそいでおいしそうに食うなよ。」、という内容の詩が掲載されていました。この母豚の心の中の思いを、私なりに推察すると、ただ食べて大きくなって、ついには人間のご馳走になるだけだ。そんなに楽しそうに、急いで食べる意味があるのか、ということだろうと推測します。確かに、終戦直後の日本の私たちは、この子豚のような生き方だったと思います。物資が豊かになってくると、物資の豊かさの中で、精神的飢餓状態に陥ってしまいました。そこで人々は、立ち止まり、果たしてこのような生き方でよいのだろうか、自分たちの生き方に疑問を抱くようになった。ところが、その疑問に対して適切な答えを探すこともできず、人生の空しさと寂しさに耐え切れず、いきているのが苦しくて自殺者が増えてきた。それは人間が、何のために生きるのかの確かな目的・使命感を持っていないことに一つの原因があるのではないかと考えます。


2、人間の生きる目的・使命は何か。


 人間は何のために生かされ、そして果たすべき使命は何か。その責任は誰に対して負うのか。この点については、人間の出現の根拠についての考え方の相違によって異なってくるように思われます。人間の出現の由来については、二つの見解があり、一般的に考えられている「進化論」と少数の人が信ずる「創造論」である。進化論は人間は下等動物の進化の結果、偶然に万物の霊長として現在の人間像となったと称している。これに対して創造論は、人間は創造者である神が、神の栄光を現すために、神のかたちに人間を創造し、男と女とに創造した。そしてすべての人は、尊い価値を賦与されていると説明します。人間は、神の栄光を現すために生きなければならないのです。創造主は各人にそれぞれの賜物を与え、それぞれの異なる賜物を発揮して、創造者の栄光を現す責任を負わされた。
 そこで、私たち人間は、創造主の栄光を現す働きをする目的・使命を負っているのです。創造者の栄光を現す働きとは具体的にはどのような働きを言うのでしょうか。
 人間を創造した過程で、鼻から神の息を吹き込まれて、それで人は生きる者となりました。私たちの体の中に創造主の息・御霊が住んでいることになり、御霊の愛の実を豊かにつけ、それを日常生活で実践することである。その実践することが人生の生きる目的であり、使命であると考えます。そうすれば、人生は歓喜にあふれ、社会からも必要とされる人に成長し他人から尊敬されるようになる。そんな人格者に成長することに、自分の生きる目的を一致させることによって生きる力が、心の底から沸き上がってくるものと信じます。