2014年2月26日(水) 8:55

生き方の基準が確立していない現代人

沖縄国際大学名誉教授 福里盛雄


1 今日の私たちは、生きる精神的土台を失っている


 私たちは個人の尊厳が否定された長い歴史的拘束からようやく解放され、男女を問わず、老若を問わず、人は人として生まれてきたというだけで、誰も個人として尊敬され人間として生きる権利が与えられている。


 ところが、現在の社会においては、夫婦虐待・こどもの虐待・いじめ等の他人の行為による不幸なことが多く起きて社会問題になっています。また、他方では、自分で自分を不幸に陥れるような不登校・引きこもり・自殺・薬物使用などのあるまじき行為をして不幸への道を歩んでいます。それは、個人がどれほど尊い存在であるか、という考え方が確立していないからではないでしょうか。外部の社会は、速いスピードで個人の価値の尊厳について変化していきます。ところが、人の心の変化はなかなか早急な変化は期待できない。外部の変化と人の内部の心の変化が不一致のために、私たちは心の葛藤を生じています。
 愛の絆で結ばれた夫婦関係も、夫婦間のコミュニケーションがなされないために、夫婦間の意思の疎通がなされず、欲求不満のために、ついに暴力沙汰となり夫婦生活は破綻してしまう。不登校の問題も、なぜに勉強をしなければならないのか、勉強する明確な目的意識がないから、学校へ行くのが苦痛になります。いじめの問題も各人それぞれ他人に代わることのできない尊い価値ある存在である、と互いに認識すれば、人の道に反するいじめ行為はしないと考えます。自殺行為、薬物使用も、人の生き方が確立しておれば、自然と解決できると思います。


2 私たちが幸せに生きる基準とは


 私たちは、どんな基準に従って生きれば幸せになれるでしょうか。私たちを創造した創造者は、私たちに生きるための欲求を与えて創造しました。その欲求を人間の基本的欲と言います。アメリカの心理学者ウイリアム・グラッサーは、それを大きく分けて、生存的欲求と心理的欲求とに分ける。生存的欲求は生命の維持、種の保存など人の健康面の健やかであることの欲求、心理的欲求は人の内部の精神の充実に関する欲求をいう。心理的欲求は、愛の欲求、連帯、協調、自己存在の欲求、自由と自己責任の欲求、楽しみの欲求に分類しています。
 人間として大切なのは、心理的欲求である。「人は、パンだけで生きるのではない」と聖書で言われていることもそのことを教えています。
 夫婦の虐待、子どもの虐待、自殺、ひきこもり、不登校、いじめ等の問題も、人が心理的欲求が十分に満たされておれば、その人は幸福であると言えます。自分が幸福な人は、他人に対しては害を与えないと言われています。前述したさまざまな好ましくない行為の防止改善の方策については、行政機関、マスコミも懸命に考案しているけれど、その改善の兆しは見えてこない。
 道徳や倫理規範の力に委ねようとする見解もあるが、それだけでは不十分であると言わなければなりません。倫理道徳の規範は、人間の心による解決であり、人間の心こそ移り変わりやすく不動の確信を据える土台になるとは思えない。全知全能の不変的創造者が与えた人間として基本的欲求の基準こそ、私たちが生きるための精神的土台であると考えます。

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