2014年6月22日(日) 8:55

狩俣 穏さん(26歳)/沖縄電力野球部

ふるさとの応援が励みに


狩俣 穏さん

狩俣 穏さん

 【那覇支社】沖縄電力(浦添市)は社会人野球の第85回都市対抗野球大会九州地区予選大会で2年連続4度目の本大会(東京ドーム)出場を決めた。


 大会最終日の7日に沖縄セルラースタジアム那覇で開催された第3代表決定戦で、沖電は西部ガス(福岡市)に四回に1点を先取され、五回2死満塁に3番手で平良字鏡原出身の狩俣穏(26)が登板。決め球のカットボールで三振を奪い大ピンチを逃れると、味方が六、七回に2本のソロ本塁打で2ー1と逆転した。狩俣は六回以降、西部ガスの強力打線を無安打無失点で抑え、沖縄電力を東京ドームに導いた。


 野球との最初の出会いは小学生の頃。地元の鏡原少年野球チームで監督をしていた父親やメンバーの2人の兄に影響を受けて「いつの間にか自然に野球をやっていた」という。


 「その頃からピッチャーとしてボールを投げていた。好きでなったわけではなかった。父親には練習でいつも怒られてばかりいた記憶しかない」と苦笑いした。


 「夢に何度も見た甲子園球場」を目指して、宮古高校に入学し野球部へ。3年生最後の夏の県大会ではベスト4。「チームで優勝を目標にしていたので悔しかった。何回か戦ってみてピッチングに手応えを感じ、自分の可能性に自信が持てるようになった」


 県内大学野球強豪の沖縄国際大学に進学。入部1年目からレギュラー入りし、チームの大黒柱として優勝に貢献。県代表で九州地区大会にも出場した。


 学生時代の県内外での活躍に注目した沖電野球部の監督・コーチからスカウトされ、卒業後の2010年4月に沖縄電力のグループ会社沖電工に入社し、沖電野球部の部員としてスタートした。


 今年の東京ドームの本大会開催は7月18日から12日間。昨年に続き2回目の出場に「投げる試合は全部勝つ。真っ直ぐやスライダー、カットボールのコンビネーションをうまくして普通に投げれば打たれない」と自己分析。「スタンドの声援やふるさと宮古の応援が大きな力になり励みになる。期待に応えられるよう勇気を持って挑戦したい」と意気込んだ。


 狩俣 穏(かりまた・やすき) 1987年生まれ。鏡原小・中、宮古高校、沖縄国際大学卒業。2010年沖電工入社・沖電野球部入部。13年都市対抗野球大会に出場し第1回戦先発投手。右投げ右打ち、179㌔、75㌔。

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