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2015年11月26日(木) 9:01

【行雲流水】「会津紀行」

 会津若松を訪ねたことがある。日程にとらわれない気ままな一人旅だった。竹久夢二ゆかりの東山温泉を足場にして会津武士の足跡をたどり、猪苗代湖畔に野口英世の生家をおとない、裏磐梯の五色沼まで足をのばした


▼通説とは異なる発見の多い旅でもあった。とりわけ白虎隊記念館での老館長の気炎には仰天した。薩摩や長州、明治新政府の不条理に対する怨念が火を噴いていた。会津人の心の中では、会津戦争は今も続いていると言わんばかりだった


▼その一方で、会津人は明治日本の近代化に大いに貢献してもいる。東京帝大総長になった山川健次郎、北京で西欧列強外交団の尊敬を一身に集めた柴五郎などだ。いずれも不毛の地「斗南藩」に追いやられて辛酸をなめつくした人たちだ


▼会津人の律義さは会津戦争の遠因ともなったが、謹直な個々人のその後の生き方は波乱万丈だ。会津には、旅人にはうかがい知れない気風があるようだ。過去の歴史を引きずって生きる老館長の心情と、過去は過去として未来志向で生きた山川や柴の考え方。会津人の心には、この二つが同居しているのかも


▼山川や柴は、悲しみや怒りの感情を練度の高い「アララガマ」精神に昇華させていったにちがいない。いろり端での事故を克服した野口英世にもそれを見た


▼帰路、今なお「薩摩侵攻」や「琉球処分」にこだわる沖縄の新聞論調が気になった。老館長の心情と重なって見えた。「歴史」をどう割り切るか、あるいは引きずるか。考えさせられることの多い会津の旅だった。