2016年6月1日(水) 9:01

【人生雑感】死について正しい知識を持つことは、幸せな生涯を送るための秘訣

沖縄国際大学名誉教授 福里盛雄


 私たちの一生は、生に始まり、死で終わる。そこで、私たちの生涯は、無限の時の流れの生と死によって区切られた一区切りです。その一区切りの長短は各人異なる。生まれて間もなく死んでいく者もあれば、百歳余年まで生きる人もいます。すべての人の生存年数を平均化したのを、人の平均寿命と言います。人の平均寿命もその人の生活してきた時代や場所によってその長短があります。それは、その時代、住む場所によって、保健衛生や病気に対する医療技術の進歩、食生活に対する知識が大きく異なっているからです。一般的には、人の平均寿命は、時代の進歩とともに延びてきました。一般論として言えば、人類は長生きの傾向にあります。そのような状況の中に生きていても、私たちの心には、次の三つの不安が、常に激しく渦巻いていることが指摘されています。


 第一、永久に生きていたいという生に対する執着。第二、逃れられない死の不安、第三、死後の私たちの魂はどうなるのか、という不安です。
 私たちは、この三点について、納得できる解決策を持たないでは、平安で幸せな人生を築くことは困難です。なぜならば、この三点の不安を解決しないでは、人間の営みは活気を失い、すべてが空しく感じられるからです。

 
 私たちは、この人間の持つ不安をどのように解決しようとしているでしょうか。


 第一、永久に生きたいという生に対する執着。
 人間の生に対する執着心は強く、生存欲求を充足させるために、健康に良い栄養豊かなバランスある食事、十分な睡眠、運動の三要件を満たす生活習慣を身につけるように努力しています。秦の始皇帝は、不老不死の薬草を求めて、弟子を四方八方に遣わし、その弟子たちが帰ってくるまでに死んでしまいました。このように、人間の生に対する執着心は、今も昔も変わらないと言えます。
 第二、逃れられない死の不安。
 死は予期しないで迫ってくる場合が多いのです。それには老若の順番もなく、代理も許さない。例外もなくすべての者が死ぬ。その点死は万人に平等であり公平であります。ある古人は、「ついにゆく道とはかねてききしかど昨日今日とは思わざりけり」と唄っています。死は、すべての人に百%の確率で到来します。
 第三、私たちは、死んだらどこへ行くのでしょうか。
 死後の世界を経験して、生還した人はいません。人類は、死の不安を解決するために、さまざまな思考を考案しています。人の肉体は滅びても魂は生存しているとの考え方、東洋の仏教の輪廻の思想、すなわち人の魂は、他のものの形を借りて生まれ変わって来るという考え方。また、人は死んだら神仏となり、子孫を助け守る役目を果たすという考え方。仏教では、その人は、死んだら天国と地獄に分けられていくと考えられています。
 神のことばである聖書は、人は二度死ぬと次のように説明しています。
 第一の死は、肉体と霊魂が分離することです。人は死によって肉体は土に返るのです。神は人の肉体を土のチリから創られたから、元の土に返るのです。霊魂はそれを授けた神のもとに引き上げられると明記しています。
 第二の死は、人は死んだ後、いのちの書に記されているその人の行為に基づいて裁かれ、天国と地獄に分離されていきます。天国では神が、苦しみ悲しみをぬぐい取って下さるのです。そこには、苦しみも悲しみもありません。死んだ後に天国と地獄を行き交うことはできません。遺族の方がどれほど神に祈ってもそれは不可能。本人自身が生前において神を愛し、神に喜ばれる信仰を全うして、死後の平安を確信して生きることです。

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