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2016年12月28日(水) 9:01

【人生雑感】人は、例外なく死ぬ。人は死んだらどこへ行くのだろうか

沖縄国際大学名誉教授 福里盛雄


1 人は、例外なく死ぬ。だから人は、死を恐れる。


 サマセット・モームという有名な作家は、「世の中にはさまざまな統計があってそこには数字のまやかしがある。しかし、絶対に間違いのない統計がただ一つだけこの世に存在する。人間の死亡率が100%だということだ」と言っています。
 私たちは、自分も例外なく死ぬ時がやって来ることは覚悟しています。しかし、自分はまだ若いから、自分に死がそんなに早く襲い掛かって来るとは考えないのです。これが一般の人々の態度だと思います。だから、伊勢物語の主人公とされている在原業平は「遂に逝く道とは聞きしかど昨日けふとは思わざりしを」と詠んでいる。また、徒然草の第137段には「若きにもよらず剛来にもよらず思いがけぬは死期なり。けふまでのがれ来にけるはあり難き不思議なり」と記しています。哲学者フーコーは「世の中には直視できないものが二つある。それは太陽と死である」と言っています。


 他人の死に対しては身内の死ほどは心配はしませんが、身内の死、特に自分の死に関しては人は死んだらどうなるのか心配になります。このように人の死は例外なく突然やってきます。人の都合も知らず予告しないで襲い掛かってくるから、人は死に対して恐怖を感じています。そのために、死についてなかなか話そうとはしません。


2 人は死んだらどうなるのか。


 死んだら誰でも天国、極楽に行けるのだろうか。人の死後については、いろいろな考えがなされています。民族の違いや、生活習慣、宗教観等に基づくものです。しかし、誰一人として死んで死後の世界を経験して帰って来た者はいません。死んだ人は死んだきり帰ってきません。死後の世界は人間の思考にすぎません。一つの見解として、人は死んだら無になると主張する。また、他の見解は、人は死んで他のものに代わって生まれてくると主張する。人は死んで神や仏になり、この世を護ってくれるという。私たちの沖縄宗教観は、大方その見解に基づくものである。
 天地を創造された神のことばである聖書によれば、人は死んだら天国と地獄かいずれかの世界に分かれていくと明記されています。
 聖書によると、「人には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように」(ヘブル9・27)と明記されています。第一の死は肉体と霊の分離であり、「肉体は土地のちりで造られたから、もとあった土に返り、霊はこれをくださった神に帰る」(伝道者の書12・7)。神の元に帰った人の霊は、神のさばきによって天国と地獄行きに二分されます。人の霊が天国に行くためには、生前の神に対する信仰によります。生前にその人が深い信仰生活を営んでいたら、天国でイエス様と一緒に楽しい毎日を過ごすことになる。そうでない人は地獄で苦しい生活を強いられることになります。
 これが第二の死です。私たちは、第一の死のみに関心を持って別れを悲しむが、人はすべて第二のさばきによって楽しい天国への旅立ちのキップを手にすることが可能です。そのような人の死は、悲しい別れではなく、楽しい別れです。また、神は私たちに永遠の思いを与えてくださった。神は、私たちを愛するために与えたイエス様を心から信じることによって永遠のいのちを受けることができます。

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