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2017年4月1日(土) 9:01

【行雲流水】(仰げば尊し)

 平一小学校の卒業式の歌が「仰げば尊し」であったと聞いたとき「え!」と一瞬思った後、遠い日の思い出が胸の奥から湧き出た。社会はまだ戦後の貧しさの中にあって、小学校に入学した時の教室はかやぶきで、でこぼこの土間の上での粗末な机と腰掛であった。入学から卒業までの6年の間に教室は木造で廊下のついた立派な校舎に変わっていた


▼しかし、何もかも不足していた時代だ、先生方の苦労も並大抵ではなかったであろう。そういう中にあって6年生のときの担任は普段の授業は厳しかったが放課後になるとゆとりとも思えることに付き合わされることもあった


▼先生曰く、俺は剣道○段だ。これから練習に行くから来たければついてこい。鞍馬天狗のチャンバラにのめりこんでいた少年が断わるわけはない。記憶に残る剣道の練習に行く先は、いまはメモリアルホールになっているあたりにあった友利産婦人科医院であった。現場で初めて見る黒ずくめのいでたちにはドキドキした


▼二人の大人が激しく竹刀をぶつけ合うさまは迫力ものであったが、帰りの道のりを思うと心残りはあったが引き揚げた


▼翌日、二の腕をまくり上げてぼやく「下手な奴とやるとこうなる」見ると腕いっぱい真っ赤になってなんとも痛々しい。今思うと下手なのはどっちだ、ということになるがあの時は剣道○段の先生に同情した


▼その先生、夏休みが終わって2学期が始まる頃にどこかへ行ってしまって代わりに女の先生が来た。おばあちゃん先生だ。運動会も学芸会もなんだか張り合いがない。卒業式のとき6年間の皆出席賞をもらった。ガンズウ優等生だ「仰げば尊し」を歌いながら男先生をおもった。今頃何処に。