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私見公論
2017年8月25日(金)9:01

【私見公論】宮古の農業振興について考える②/平良正彦

園芸作物の振興と条件整備、そして発展を目指して

 「サンゴの島から育まれた野菜の王宮古島産ゴーヤー」、「ふぁいみーる、みゃーくぬ、うまむぬ、トウガン」、これらは宮古における前者がゴーヤー、後者がトウガンのキャッチフレーズである。県ではトウガンの日を4月10日、ゴーヤーの日を5月8日に定めて消費拡大のキャンペーンに取り組んでいる。

 宮古地区農業振興会では、それぞれの日に、あたらす市場でイベントを行い、ゴーヤーやトウガンを安く販売して消費拡大に努めており、毎年多くのお客様を集めている。

 ゴーヤーやトウガンは、今や宮古が県外出荷では県一位を占めており、あの美味しいマンゴーも宮古が県の3割を占め県一位の生産量である。宮古で生産されている主要な野菜はゴーヤー、カボチャ、トウガン、オクラである。果樹はマンゴーが主体で他にはドラゴンフルーツ、パインなどが生産されている。

 農作物の品目には拠点産地というのがあり、「定時に、定量、定品質」の生産物を市場に届け信頼されることを主目的として認定されている。宮古では、平成19年にゴーヤー、トウガン、カボチャが、平成年にマンゴー、平成25年にオクラが拠点産地に認定されている。

 ところで、今でこそ、これらの作物はミバエの被害や水の心配なく作れるが以前は大変な苦労があった。今日の宮古園芸作物の発展にあたっては、二つの大きな条件整備をなくしては語れない。一つは、ミカンコミバエ、ウリミバエの根絶であり、もう一つは、地下ダム水を利用したかんがい施設の整備である。

 ○ミバエが根絶される以前の果菜や果実の状況
 ゴーヤーは自給的栽培や島内販売程度の生産であった。庭の棚栽培のゴーヤーは収穫が少しでも遅れると黄色くなり、中を割ってみると小さな幼虫がいた。パパイヤも黄色くなると中には幼虫がおり、グアバの実は熟して美味しそうになると人間が食する前に幼虫に先を越されていた。
 そのため、果菜類の出荷には制限がかけられ簡単には本土出荷ができず、ミバエ根絶は、農家や農業関係者の悲願であった。昭和59年11月にミカンコミバエ、昭和62年11月にウリミバエが宮古群島から根絶された。以後、ゴーヤーなどの果菜類やマンゴーは本土出荷が可能になり生産量が増えた。これも、「国のミバエ根絶事業や事業に関わり尽力された方々のおかげである」。感謝してやまない。

 ○地下ダム水が無かった頃の農業青年
 昭和63年、普及員であった私は農業青年の畑を巡回していた。当時はまだ、地下ダムの水が行き渡っていなかったため、農業青年は2㌧車にタンクを積み、水汲みに何回も溜め池とスイカハウスを往復していた。その労力と労働時間は半端ではなかった。トンネルハウスでトウガンを作っていた農家は更に頻繁に水場を往復していた。「あの時の水の苦労を考えると今は天国だ!ガランをひねると水が出るんだから、ありがたい」とあの時の農業青年は心から感謝する。
 地下ダムの通水は昭和63年に福東地区でのモデル実証を皮切りに開始され、続いて他の地区も整備されていった。平成28年度段階での宮古地区のかんがい整備率は62%となっている。

 ○園芸作物の発展を目指して
 ミバエ根絶と地下ダムの通水で、園芸作物は急速に増えていった。特に施設栽培は増え、中でもゴーヤー、トウガン、マンゴーの施設栽培が増えた。
 今後は、既存の拠点産地を継続して強化し、ブランド産地へと発展させていきたい。
 そのためには、関係機関が連携して、講習会や現地検討会、巡回指導等をとおして農家の生産技術の高位平準化を図り、高品質の農産物を市場に届けて高い信頼を得ることである。これによってニーズが高まり生産が増え安定し、宮古ブランドの確立ができるものと考えている。
 また、新たな品目の拠点産地を創出することも必要である。次の拠点産地候補としては、サヤインゲンがあり現在、県、JA、市が、認定に向けて取り組んでいる。
 近いうちに伊良部島へも通水が始まる。水が来ることによって農家の栽培意欲が増し生産は拡大するであろう。
 最近は、観光客が増え、島内需要も増えるなど宮古農業にとっては明るい材料が増えてきている。そのため、生産者、農業関係者が一致団結して宮古農業の発展に向けて頑張っていきたい。
(沖縄県農業研究センター宮古島支所長)

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