2017年12月3日(日) 8:54

【花は島いろ】粟國 彰さん(61歳)/那覇市議会議員

郷友会と地域を大事に


粟国彰さん

粟国彰さん

 【那覇支社】「郷友会と連携しながら地域のことを大事にし、政治で頑張っていく」と語るのは、那覇市議会議員2期目の粟國彰さん(61)。


 伊良部長浜出身で、高校から沖縄本島へ進学した。「同郷の後輩・同期生と3人で一緒に住んで、学校へ通った。貧しい時代だったから」と懐しむ。


 高校時代はモハメド・アリに憧れてボクシング部に所属。「ファイトマネーを聞いて凄いなと思った。国体の県内予選にも出場した」と、笑顔で語る。


 大学を卒業後は帰島し、下地島空港で県の非常勤職員として働いた。28歳ごろに再び沖縄本島へ移り、大手の建設会社に就職する。


 当時から郷友会の活動には積極的で、先輩に「郷友会が下火だから復活させよう。青年部長をやれ」と言われ、宮古郷友連合会の初代青年部長を引き受けることになる。


 郷友会を盛り上げるため、運動会やバレーボール大会を開催したほか、現在も浦添で続いている芸能祭も初めて行った。


 政治家を目指した理由については、「郷友会の人たちから相談を多く受けたのがきっかけ。生活が困っているとか、年金がないとか。役場に相談しても却下されることが多かった。それなら、政治をした方が良いかなと思った」と語る。


 また、西銘順治元知事から「政治家は批判されることもあるが、『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』だ」と言われて感銘を受けたことも影響したという。


 しかし、政治の道は険しく、2001年に45歳で那覇市議に初めて出馬するも落選。4回連続して選挙に敗れることになる。当時を「つらかった。2回目に落選したときは人生終わったと感じた」と振り返る。


 そんな中、知人から慈恵医大の医師を紹介され、那覇市に共同で病院を設立する。苦労の最中だっただけに「人の巡りあいは大事」と言葉をかみしめた。


 政治活動についても、「志したからには諦めない。途中で挫折して後悔するよりも、当選するまではと(頑張った)」と話すように地道な運動を続け、57歳で初当選。今年7月の市議選でも再選を果たした。


 好きな言葉は「不撓不屈」。今後については、「郷友会発展のため、那覇市発展のために頑張っていきたい」と意気込みを語った。


 粟國 彰(あぐに・あきら) 1956年3月29日生まれ。伊良部長浜出身 伊良部小・伊良部中・沖縄高・沖大卒 2013年に那覇市議初当選。現在2期目。宮古出身の直美夫人との間に1男1女。

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