宮古毎日新聞(電子板)の試読はこちらから|宮古毎日新聞社

2019年11月26日(火) 8:54

【行雲流水】(宮古と八重山の文化交流)

 八重山と宮古の歴史文化交流会議が結成され、その第1回の会議が11月23日(土)、八重山の大濱信泉記念館で開催された。「八重山・宮古から琉球処分を考える」が今回のテーマである。この会議に、宮古から下地和宏氏と宮川耕次氏が、八重山から八重洋一郎氏と大田静男氏がパネラーとして報告を行い、続いて砂川哲雄氏をコーディネーターにディスカッションが行われた。その結果、おおよそ次のことが確認された


▼1872年の琉球藩の設置から1879年の廃藩置県までの一連の施策が「琉球処分」と言われ、武力制圧によって行われた。その時、宮古・八重山では、新政府に協力しない血判誓約書が交わされ、協力する人が惨殺されたサンシー事件が起こり、清国へ亡命する者がでるなど、抵抗が示されている


▼1880(明治13)年、日本は中国に対して、日本を西洋列強と同じく最恵国待遇にするよう要求、その代償として、先島(宮古、八重山)を中国へ割譲するという案が妥結した。しかし、この案は中国側の国内事情で実現しなかった


▼戦後は、サンフランシスコ講和条約によって27年間アメリカの施政権下に置かれた。そしていま、琉球列島の要塞化は米国の中国封じ込めの一環、限定戦争の盾にされようとしている


▼今回の会議は、「琉球処分は廃藩置県では終わっていない。これらの歴史的事実を、八重山・宮古から発信する」という一定の役割を果たした


▼今後、いろいろな問題をテーマに「交流会議」が重要な成果をあげることが期待される。(空)