「私見公論」 2012年10月のニュース一覧

2012年10月26日(金) 23:02 [私見公論]

生活保護について(2)/下地 徹

私見公論 53


一、生活保護基準(金額)の沿革


ア、マーケット・バスケット方式(昭和25年~35年)、マーケットに行ってバスケットを持って一日に必要とする品物を購入し、その金額で生活保護の基準額を決める方式。
イ、エンゲル方式(ドイツの統計学者の法則)(昭和36年~39年)・日本人の健康な成人の一日に必要なカロリーは2400カロリーを目安として摂取することと国が決めた。
ウ、格差縮小方式(昭和40年~59年)、東京都の勤労標準世帯の収入の60%を基準にして決めた。
エ、消費水準均衡方式(昭和60年~現在)この基準は固定的なものではなく、国民一般の生活水準の変化に伴い変動する相対的なものであると考え、前年度までの国民の消費水準との調整を行い、国は毎年基準改定を行っている。

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2012年10月19日(金) 23:00 [私見公論]

私の住まいの履歴書/伊志嶺 敏子

私見公論52

 

 私の生まれた家は、赤瓦葺き木造の平屋であった。その家での記憶は、うすぼんやりとではあるが2歳の頃までさかのぼることができる。その頃、母が肋膜炎を患い床に伏せっていて、かまってもらえない淋しさからか、その部屋の薄暗かったことを憶えている。一年後、母の病も治り、快気祝いと私の3歳祝いとを兼ねて盛大に祝ったことなどはよく憶えている。襖を取り払うと、まるで魔法をかけたようにたちまち家が広くなり、どの部屋も明るくなった。ハレの日の家の思い出は色鮮やかで楽しいものだ。

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2012年10月13日(土) 22:44 [私見公論]

ふるさと(6)/渡久山 春英

私見公論51


 「食べ物をください」。その人は軍服を着ていた。海の特攻隊であった。兵隊というよりイケメンのニイニイの感じであった。「腹が減っては戦ができぬ」。直立不動で「いも」をもらったニイニイは帰る途中、石垣に腰をおろして、郷愁に更ける歌を歌っていた。「ふるさとは遠きにありて思うもの」。ここは孤島多良間島の話である。挺進艇は海岸の緑地帯に隠してあった。明日の命を覚悟した兵士の歌は「故郷」であったことをかすかに覚えている。「…いかにいます 父母…」。68年前のことである。

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2012年10月5日(金) 23:39 [私見公論]

織物の力/仲間 伸恵

私見公論50


 宮古上布に関わる仕事をしたいと思い、宮古に帰ることを決めたのが、京都で17年を過ごし、もうすぐ40歳になる頃のことでした。そして現在、幸運なことに多くの方に助けていただきながら、希望したとおりに宮古上布、宮古の織物に関わらせてもらっています。

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  • 宮古島の人口

    令和元年6月1日現在

    宮古島市 54,671 人
    27,526 人
    27,145 人
    世帯数 27,554 軒
    多良間村 1,141 人
    609 人
    532 人
    世帯数 522 軒
  • 天気


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