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社会・全般
2009年4月18日(土)18:59

四半世紀迎えたトライアスロン

官民総力を挙げて行われてきたトライアスロン
 
住民の地域興し、活性化に向けての取り組みで「ワイドー・ワイド」のキャッチフレーズのもと、官民総力を挙げて行われてきたトライアスロン。1985(昭和60)年4月28日に第1回大会が開催され今年で25回目を迎える。当時は主催者側も住民も初めてのスポーツイベントに右往左往しながら取り組み、3カ国と34都道府県から241人の選手でスタートした。地元からのエントリーは17人だった。午前7時にスタート、午後11時までの16時間の長丁場。スイム、バイク、ランの181.195㌔を完走しなければならない。大会運営は、実行委員会の役員、ボランティアなど総勢約3800人によって行われた。島の交通をすべてシャットアウトして巷(ちまた)には警察官が交通整理をした。第1回は全国大会とあってNHK総合テレビが全国放映、宮古島の知名度は一気に知れ渡ることに。あれから四半世紀、毎回の大会では数々のドラマが生まれ、交流の輪が広がっている。 
 
四半世紀迎えるトライアスロン 
「27歳から毎年」 与儀忠文さん(52歳)/ゼッケン1338
 市内の造り酒屋で職人として勤め二十二年になる。今大会では、地元からただ一人、皆勤ならぬ皆出場となる。「昨年、一昨年と完走できなかったので、いよいよ限界を感じてきたが、今年は節目の大会ということで最後を飾りたい。今年に入ってから練習はいつもの倍積んできた」と余裕の表情。
 二十六歳までほとんど福岡と名古屋での生活だった。第一回大会の前の年に両親の郷里鏡原に戻り、初めて大会のことを知る。「当時、平良市の助役をしていた叔父が勧めてくれた。中・高校まで水泳をしており、その後は競輪選手になろうと自転車を乗り回していたことを叔父は知っていた」 
 勧められるままに出場、でもその日は、気温が高くランの十㌔付近でリタイア。二回目からは、完走できなかったことが悔しくて練習を重ね挑んだ。「走っているときはひたすら無になっている。練習しないで出場すると、ゴールを長く感じるが、しっかり練習するとあっという間。気が付いたらフィニッシュにいる」と笑う。
 今回は最後という気持ちで挑む。妻や三人の子どもたちも応援してくれる。特に今年は二男と三男が一緒に練習してくれたと話し、彼らのためにも頑張らなくちゃ、と笑顔を見せた。
 
「交流の輪広がる16年」 手話サークルがじゅまるの会
 長年手話サークルで活動する宮城育子さん。九回大会(一九九三年)で選手の中に二人の聴覚障害者がいることを知り、それから手話通訳ボランティアが始まる。映画「風の歌が聴きたい」(大林宣彦監督)の主人公、高島良宏・久美子夫妻との交流が始まったのもそのころ。受け皿があることを知り翌大会は全国から七人が出場した。
 映画の撮影が始まって、俳優やミュージシャンなど芸能人の出場も増え華やかになる。大会前や終わった後での家族ぐるみの交流も盛んになる。宮城さんは「気が付いたらもう十六年、手話サークルの輪も広がった」と古い写真を広げながら語る。
 今大会は十四人が出場する。今年から、手話関係団体連絡会(竹井大会長)で各エードステーションで待機し、対応することになった。今や手話サークルの活動は開会式や閉会式など式典部でも大事な役割を担う。Tシャツの背中にも大きく「手話」の文字。中指と薬指を折ったアイラブユーのマークが目印。今大会もことばを超えた交流が広がる。
 
「感動のドラマを!」本田光さん(30歳)  保健師/ゼッケン1053
 平良保健センターの保健師。トライ初挑戦。北海道生まれの奈良県育ちで、琉球大学に入学したことで沖縄通に。「沖縄はみんな知り尽くしたと思っていた。たまたま宮古に友人と旅して沖縄にない新鮮さを感じ五年前に城辺町に採用される。「節目の大会で、自分にトライしたい。応援してくれる皆さんへの恩返しは完走」と話し、胸に健康増進課のネーム入りで走る。
 
平良ちあきさん(34歳) 医師/ゼッケン1323
  宮古保健所に二年間勤務した。初出場。那覇市出身。「初めはボランティアで、救護班のIT係だった。ほとんど屋内でぼろぼろになった選手の面倒を看ていた。まさか自分が選手になど考えもしなかったが、周りに関係者が多く、自然にその世界に入り込んでいた」。昨年ようやく泳げ、石垣トライに出場、自信を得た。「まず出場権を得たことに感謝、マイペースで楽しく走り、お世話になった皆さんにお礼がしたい」
 
中原晋大郎さん(33歳) 高校教師/ゼッケン1327
 宮古工業高校に赴任して三年目。初出場。うるま市出身。二年間、バイク、ランの最終ランナーにつくボランティアを務める。「まさか自分が出場するとは思わなかった。打ち上げの座で勢いに任せてみんなに宣言してしまった。生徒に頑張っている姿を見せることができたら何よりのメッセージになるのでは」。来年宮古で開催されるインターハイでは高体連の事務局長に、その成功祈願も含まれる。完走することが、皆さんへの恩返しに。
 
倉橋麻由佳さん(30歳) 看護師/ゼッケン1372
 宮古に住んで六年。東京出身。市内で整形外科を経営する夫の豊さんと三年前から出場。「トライアスリートは特別な人間だと思っていた。まさか自分が挑戦するなどとは夢にも思わなかった」。出場を決めた時から、スポーツは科学で証明できるという豊さんの「有酸素運動」のメニューに従って毎日運動した。
  「最初は二十五㍍も泳げなかった。運動を続けることで次第に効果が出てきているのが分かった。毎日、心拍数を上げないような運動を積み重ねることによって体に耐久力がついていく。今では、運動が生活の一部となって、トライも特別なものではなくなった。大会当日も生活の延長でいつもの通り、マイペースで楽しみたい」と余裕の表情。今年、院内からは四人が出場する。
 
松川慎吾さん(21歳) 会社員/ゼッケン1399
 平良久貝の出身。初出場。高校卒業後、JTAサザンスカイサービス(株)で勤務。毎年この季節、多くのトライアスリートがやってくるのを見てきた。何よりも、一年前に父親を亡くし、今年四月から中学生になった弟を励ますのが出場のきっかけ。「弱気になっている弟に兄として、諦めない気持ちや努力することの大切さを身をもって伝えたいから」
 もう一つのきっかけは、いま本土の大学に通う親友が出場したのを見て、一緒にゴールしたいと思った。昨年六月から水泳、自転車を始め、九月からトライアスロンクラブの合同練習に参加。ランは昨年初めて那覇マラソンに出場して自信を得た。完走して、職場や家族、お世話になった皆さんにお礼がしたい。
 
古川菜穂子さん(35歳) 理学療法士/ゼッケン1325
 東京出身、四年前に宮古へ。二回目の出場。訪問リハビリの仕事に就いてきた。「昨年、在宅療養で頑張っている方たちを勇気づけたいと出場、逆に多くの沿道の方たちから元気をもらった。おかげで何とか完走でき、その感謝も込めて今年も走ろうと思った」
 十年前来島したとき、とても感動しいつかは住みたいと思っていた。ここで仕事ができたのは光栄だった。仕事のめどが付き、今年は宮古を離れる。最後の思い出に、お世話になった皆さんにお礼が言いたくてまた出場することにした。「頑張る姿を見せることで、利用者さんたちに少しでも喜んでもらえたらうれしい」と完走を目指す。


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