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社会・全般
2009年5月13日(水)19:10

先人の技を一堂に 里帰り宮古上布150点

市総合博物館開館20周年記念・第10回企画展
 
「よみがえる島のわざ~往(い)にし方(へ)の宮古上布」と題し、一日から市総合博物館で企画展が始まった。大正、昭和の初期に織られたと思われる着尺や反物百五十点が、一堂に展示され、巧みな技をもつ職人の手業(てわざ)が見るものに感動を与えている。会場には、琉球王府時代に用いられた礼装時のクルチョー(黒朝)も展示され、往時をしのばせる。展示会は今月三十一日まで。展示会に協力した職人たちの思いを紹介する。 
 
 四百年余の歴史ともいわれる宮古上布は、王府時代、貢納布(こうのうふ)として織られ、製織を余儀なくされていた。一九〇三年、税制施行で貢納布としての役目を終え、生産、販売が自由になったことから生産量は飛躍的に伸びをみせた。第二次大戦前までの年産高は一万反を超え、黒糖、鰹節とともに宮古の三大産業として経済の中心的役割を果たしてきた。
 ところが戦後、気軽な洋服などの進出で衣文化が変化することによって、上布の生産は年々減少し、一九九三年以降は後継者不足や販路確立の厳しさなどから年産百反を切る危機的状況となった。糸づくりから上布に仕上がるまでのさまざまな工程は、巧みな職人技が要求されることから、かかわる人々は減少の一途をたどる。関係者は、伝統工芸として一九七八年、国で指定された宮古上布を途絶えさせてはならないとその保持を模索する。
 
 そんな中、親から子へ技を伝える仕方で家内産業を伸ばす家族も増えてきた。今回の企画展は、そうした人たちの努力が実り実現した。本土の問屋で眠っていた上布を里帰りさせ、中には洗濯を施し砧(きぬた)打ちすることで当時の様子によみがえった上布なども展示されている。大阪に本社のある古物商Shinei(シンエイ)の社長、守屋祐史さんの所蔵する宮古上布がほとんど。
  <砂川さん親子> 平良西仲宗根で「工房風樹」を営む。父親の猛さんは、重要無形文化財砧打ち継承者。十年になる。今回の展示会で上布をよみがえらせたのも猛さん。妻の照子さんはブー績みと織りに励む。三年前帰郷した息子一人(かずと)さんは、父親の仕事を見習い中。親子三人が、宮古上布の保持に力を入れる。
 
 「宮古上布は高価なだけに頻繁に着られない。また着崩れしたときにどう対処してよいかわからないと思う。しまってある上布を洗濯し砧打ちすることによってよみがえる。親子三代着られると言われるゆえんだ。私は、眠っている上布をメンテナンスに力を入れることでその美しさ、着心地の良さなどを多くの人に知ってもらいたい」と猛さん。
 
<羽地さん親子>
 母親の直子さんを中心に下地川満で「がじまる工房」を構える。二十年前から織物組合で基礎をつくり、独立した。五年前から二女の美由希さんが片腕となって織り、染め、最近は図案も始めた。嫁いでいる長女の砂川真由美さんも昨年から手伝うようになり、嫁さんなど身内七人で工房を盛り立てる。
 直子さんは今回の展示会で協力した守屋さんとは四年来の付き合い。「那覇で古布の展示会があり、その会場で知り合った。宮古上布にとても関心があり、現在も古布二百反、新しい反物三百から四百反をもっているという。今回の展示会で、先人の織った上布やよみがえった上布などをぜひ、島の人たちに見てほしい」と話す。
 
<今展の協力者>
・垣花英好(宮古上布保持団体 図案・括り)・下地達雄(下地織物 宮古上布伝統工芸士)・下地ミツ(下地織物)・神里佐千子(福樹工房)・仲間伸恵(福樹工房 博物館協議委員)・砂川キク・仲元正男。 
  
海洋博に展示されたクルチョー/所持者の下地俊康さん(85歳)
 四代先の先祖が着たものといわれ、代々大事に保管されてきた。父親の恵礼からは、ウプシューガキンと教えられた。一九七五年の沖縄海洋博で展示されたことから、表に出ることになったが、それまでは櫃(ひつ)に収められ、旧盆前の七夕の日に出して虫干ししていた。下地さんは「氏族に認められた先祖に首里から贈られた物と聞いている。物を大事にするという家訓があったので、今日まで無事に保たれた」と話す。
 篤農家だった下地家は、長年キビ栽培を営んできた。妻の千代さんは小学校の教員を定年で迎え、その後は夫婦でグラウンドゴルフの振興に力を入れてきた。ヤームトゥ(本家)といわれる下地家の造りは昔ながらのセンダンやイヌマキが使われ、先祖代々集落や一族の中心であったことをうかがわせる。下地さんは「亡くなった父はとても勤勉家で、昔のいろんな話をしてくれた。今となっては、書き残しておくべきだったと後悔している」と話す。
 大事に保管してきたクルチョーは、昨年博物館に寄贈した。今回の展示会でまた会うことができると下地さん夫妻は喜ぶ。
  
「昔の着物に会うのが楽しみ」/仲宗根ヨシさん(80歳)
 現在も現役の仲宗根さん。すでに機(はた)には糸がのっており、疲れない程度に時間をみながら織っているという。五人の子育てをしながら三十代から織りを始めた。家が近くだったこともあり、斬新な図案で知られる下地恵康さんの工房に通った。「当時は下ごしらえをほとんどやらされた。織りは七割が下準備といわれる。今ではその経験が生かされている」と話す。
 一九六四年、下地さんが織り子養成をしたその時から、仲宗根さんは織りを始めた。地糸は藍で染め、絣糸はアロマで漂白して括った後に染めた。図案は恵康さんが起こし、絣括りをした。織りは早い人で一反を一月では仕上げていた。一日九時間から十時間は働いた。姑が子どもたちの面倒を見てくれたので続けられた」と当時のことを話す。
 今回の展示会は「見覚えのある着物に出会えるかもしれない」と訪館を心待ちにする。


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