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社会・全般
2019年5月23日(木)8:54

【行雲流水】(本土復帰47周年)

 本土復帰して47年。道路、水道、電気、情報等、生活環境は格段によくなった。今や、復帰前の生活環境を記憶している世代は、少数派になりつつある。ましてや昭和20年代の記憶に至っては、霧の彼方だ

▼戦後の混乱期や復興期の暮らしをつづった手記は意外に少ない。復帰までの27年間は、人類がたどった古代から近代までの生活史を一気に駆け抜けたようなものだった

▼自給自足を余儀なくされた宮古島では主食の芋のほか、粟、麦、大豆を栽培。副食はノビルなどの野草、バッタ、カタツムリ、貝などを採取して自家製の味噌で調理。燃料は薪。生活用水は、雨水、降り井(ウリガー)、井戸水。灯りは、トゥビャス(松の根)か石油ランプ。月明かりの下で夕食をとることも。地域や生業によりまちまちだったとはいえ、多くの人びとが大昔の民話の世界にいた

▼〝落穂拾い〟は他人の畑でも出入り自由だった。ミレーの名画「落穂拾い」は現実の風景だった。落穂は貧しい人々のためにあると説いた旧約聖書の世界だった

▼苦労もしたが、創意に満ちた日々でもあった。やがて、はき物はゾーリ、ゲタ、ズックへと変わり、商品経済が町から村へ徐々に広がっていった。水道や電気の普及は、1965年頃だったと記憶する

▼復帰までの27年間を第1世代、復帰後30年を第2世代とすれば、今は第3世代の時代だ。経済環境は一変しつつある。生活観や職業観も大いに進化しているはずだ。先輩たちが持っていた進取の気性や適応能力は、受け継がれていると思いたい。(柳)


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