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2019年6月28日(金)8:54

【私見公論】観光産業の歩み/猪子 立子

宮古島の観光に吹く風

 日本のふるさとと言われる奈良大和から宮古島に戻ってはや18年。当時は、年間1500万人を超える観光客が訪れる奈良で、バスガイドの職に就き、観光産業一筋に38年間、国内外の観光を学んできた。その中で、どんなイベントに人々が集まるのか調べてみると、炎と祈りだ。まさに、わがふるさとの行事そのものが人々をリピーターにするのだ。

 今から18年前に、誰かに背中を押されるように、島に戻ってきた。しばらくぶりに戻ってきてみると、下地島空港の一周道路では、ターコイズ、エメラルドグリーン、コバルトブルーの何とも言えないまばゆい海の色の光景があった。干潮時には、透明な海水の中に純白の砂浜が現れる。

 浅瀬をよく見てみると、親亀と小亀が気持ちよさそうに泳いでいた。そこはウミガメの産卵場所のようだ…。ところが、時折吹く北風の波に乗って流れつく、異国の文字の入ったペットボトルのゴミに大きなウミガメが頭を突っ込んで死んでいた。これは、自然環境問題に大きくつながっていく。

 ある大手旅行会社に、クルーズ船で入島する外国人観光客に提供するツアーの一つに、クリーンアップツアーを提案している。このツアーの目的は、ただのゴミ拾いではなく、国は違えど海でつながっていると小さな島・宮古島に、たくさんのプラスチックゴミが漂着していることを理解していただき、本国に帰り、環境保護活動の必要性を訴えていける人材づくりでもある。

 バスガイドを通じて全国の島々を巡ってきたからこそ、ふるさと宮古諸島がいかに素晴らしい島々・宝島であることがわかる。また、満月の夜でも、海の色がはっきりとわかる。なんてすてきな場所なんだろう。都会の人混みの中で、古き神社仏閣を紹介していた私にとっては、伊良部下地島の海はとても心休まる場所であった。

 ところが、伊良部大橋が開通して、クルーズ船が入り、また、近年では、下地島国際空港が開港し、ものすごい勢いで、島の文化が変わろうとしている。伊良部大橋の開通は、伊良部下地島の島民にとっては、長年、待ち続けただけはあって、いままでの不便な生活を大きく変えた。その反面、島民同士の交流が少なくなっているようにも見受けられる。

 最近では、言葉にしても、佐良浜の方言よりも中国語の方を多く耳にするようになってきた。これは、当ホテル内にあるレストランでの食事・ランチ等で来館する人がとても増えているのが理由である。そうはいっても、言葉の勉強にもなっているのには、間違いない。国内の観光地から日本人が少なくなり、その代わり、どこへ行っても外国人の多さに驚かされる。

 現在、私はバスガイドガイドスクールを立ち上げ、島の観光産業に取り組んでいる。ふるさと宮古島に戻る前は、奈良・京都を中心に全国を案内し、指導ガイドとして活動してきた。その経験を生かして、島の活性化になればと思い日々ガイドの育成に力を注いでいる。たずさわってみると島内には多くの宝が眠っている。また、宮古島の宝の一つに、薬草がある。昔、島の中に病院がなく、すべての病は、海水や薬草を使い自然療法で体調を整えてきたという。今まで、足元にありながらも、なかなか気づくことがなかった薬草がたくさんある。このことに関しては、健康に敏感な中国から来訪するクルーズ船観光客の影響もあると思う。旅の食は、来日する海外の方々の口に合わせて、メニュー作りを考えることが多いからだ。国内にある島々のほとんどを案内してきたが、間違いなく、宮古諸島はそれぞれの島がオーガニックの薬草でできた島である。

 また、生活の中に息づく文化も他では類を見ない、神秘的な場所も数多く残されている。全国の島々を見てきて思うことは、宮古島諸島全体を世界遺産に登録する価値があるといっても過言ではないと思う。それほど素晴らしい文化が現在も引き継がれ残されている。また、古き文化を大事にしている地域には、多くの観光客が訪れてくる。私はそのことを学ぶとともに、現在体験型観光産業を中心に、当ホテルのオリジナルツアーで多くのリピーターにつなげている。宮古島には「観光地」と呼ぶところはほとんどない。この島にあるのは、ほとんどが聖地である。「炎」と祈りの島である。私は宮古の文化を通して、全国内外からのリピーターのお客様が、当ホテルの誇りである。宮古の自然を守りながら、多くの古き文化を伝授したいと日々思う。今日もまた、島の風に誘われて多くのお客様が「ただいまー」と戻って来てくれた。感謝。

 猪子 立子(いのこ・りつこ)1962生まれ。宮古島市伊良部出身。81年4月奈良観光株式会社入社、23年間バスガイドに従事。96年バスガイド講師に5年間従事。2004年8月がじゅまる観光株式会社設立代表取締役就任。11年内閣府ソーシャルビジネス「ユナイタママーメイドガイドスクール」設立、校長就任。13年カギマナフラ宮古島企画運営委員会副委員長就任。16年沖縄県中小企業家同友会宮古支部副支部長就任。17年沖縄県女性の翼の会宮古支部会会長就任。同年沖縄特例通訳案内士育成研修地元学講師。

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