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社会・全般
2019年9月10日(火)8:54

【行雲流水】(種田山頭火)

 山頭火について、金子兜太は『種田山頭火(漂泊の俳人)』に書いている。「その放埒な生涯がなぜにかくも私たちの魂をゆり動かすのか。私たちは、一見奇妙に見える彼の行動のうらに、すべての事象をながめる〈無・空〉の眼と心があったことに、新鮮な驚きと共感をおぼえる」

▼こうも書いている。ぐうたらでいやな酒飲みと思える面とひどく純粋でいちずな面が混在している

▼山頭火は、なぜ生きるかと問われて「生きているから生きている」と答えている。自由に、気の向くまま漂泊し、求道者のように意志的な生き方を選ぶのではなく、宗教者のように絶対者へ帰依することもなかった。『山頭火の手記』(大山澄太編)には次の言葉がある。「雲の如く行き、水の如く歩み、風の如く去る、一切空」

▼彼は、自分にできることは「歩くこと」と「句を作ること」だけだと書いている。ただ、句には、傍観者的でなく、観照によって、普遍性を持たせている

▼彼の有名な句に「分け入つても分け入つても青い山」がある。彼の数奇な境遇と比べて青い山がなんと美しいことか。「うしろすがたのしぐれてゆくか」。彼の孤独な姿が見えてくる。「まつすぐな道でさみしい」。「雪ふるひとりひとりゆく」にも、彼の人生観が感じられる。「鴉啼いてわたしも一人」は親友放哉が詠んだ「せきをしてもひとり」に和したもの。最後の句は「もりもり盛り上がる雲へあゆむ」である

▼何ものにもとらわれない自由な放浪の魅力。それへの憧れは誰の心の中にも潜んでいるのではないか。(空)


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