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花は島色
2018年5月13日(日)8:54

【花は島いろ】安谷屋秀仁さん(49歳)OIST研究員

新型電子顕微鏡に挑む


安谷屋秀仁さん

安谷屋秀仁さん

 【那覇支社】恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)で新型電子顕微鏡の開発に挑んでいるのは、平良下里出身の安谷屋秀仁さん。「電子顕微鏡でウイルスの行動を研究できるようにし、社会へ貢献したい」と静かに語る。

 平一小、平良中、宮古高校を経て琉球大学の法文学部へ進んだ。宮古に住んでいたころは、「おとなしい普通の学生だった」と照れくさそうに話す。

 琉大在学中、「アメリカに行こう」と考えるようになり、米軍向け放送のFENをテレビで見たりラジオで聞いたりして英語を学んだ。1995年に渡米し、カリフォルニア州立大学で物理学の博士号を取得する道を歩むことになる。

 日本では難しいと言われる文科系から理科系への転身だが、安谷屋さんは「米国は、枠の中でどうこうという社会ではない。基本的に何をやっても良いという考え方が根底にあり、(進路を)やり直すのは普通にあること」と強調する。

 米国で印象に残ったことでは道路を挙げ、「すごかった。両側合わせると、16~20車線というものもある。非情に壮観だった」と懐かしそうに笑う。

 カリフォルニア州立大学では、米国籍だけでなく中国、欧州、インド、台湾からの研究者が数多くいたが、「大学にいる限り、人種でどうこう言われることはなかった」と、米国の自由な雰囲気を語る。一方、「研究者は個性が強く、かなり苦労した」とも振り返った。

 2011年の東日本大震災を契機に、16年に渡る米国生活に区切りをつけ、日本に帰ることに。同震災では現地の邦人社会に動揺が走ったといい、「周りの人も、(日本が心配で)帰国した人が多かった」と明かす。

 12年9月にOISTへ着任。「最初は(米国との)カルチャーギャップを感じることもあったが、生きて日本に帰れただけでも幸運」と話す安谷屋さん。現在も、周囲の半数以上は外国人という環境で研究を進めている。

 開発している新しいタイプの電子顕微鏡では、1ナノ㍍(10億分の1㍍)以下のものを観察できることを目指す。1㍉㍍の100万分の1より小さな精度だ。現在では、顕微鏡による撮影方法を概ね確立し、さらに改良を加えている段階という。

 お盆や年末年始には、宮古へ帰ることもある。最近の故郷の印象は、「道が便利になったなと感じます」と屈託なく笑った。

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