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花は島色
2019年3月3日(日)8:54

【花は島いろ】前泊憲作さん(39歳)ジャグスタンググループ代表フロントアクト代表取締役

いつか宮古に恩返しを


前泊憲作さん

前泊憲作さん

 【那覇支社】県内に美容室とエステサロンを合計3店舗経営しているのは、フロントアクト代表取締役で美容師の前泊憲作さん(39)。宮古ロックフェスティバル実行委員も務め、イベント企画やラジオ制作も手掛ける活力の持ち主だ。

 前泊さんは西辺出身。3人兄弟の末っ子として生まれ、3歳の時に親族で名古屋に移住する。そこで四日市ぜんそくを発症して病院通いが始まり、小学2年の時に父親が他界したのをきっかけに、空気がきれいな宮古に戻った。幼い頃は、病院と学校を往復する病弱な子供だったという。

 西辺小、西辺中を経て、宮古農林高に進学。高2の時に出会った担任の屋良健先生は、生活が荒れていた前泊さんに真正面から真剣に向き合ってくれる初めての大人だったといい、「今でも、お客様として来店して下さっています」と笑顔で話す。

 同じ時期、姉から「母さんは一人で稼いでいるのに、(荒れてる)憲作は親不孝者。早く稼げる仕事に就きなさい」と言われ、「その通りだ」と痛感して将来の仕事を考えた。当時はカリスマ美容師がもてはやされている時代で、「室内の仕事で涼しいし、女の子にもてる!」と琉球美容学校行きを即決する。

 卒業後、東京の人気美容院に就職。人一倍働き、美容師の大先輩、近藤正明先生から「君は人の上に立つ人間になる。経営も覚えなさい」助言され、多くを学んで2年で店長に就任する。

 しかし、順風満帆だったある日「美容室から帰った娘が泣いている」と夜中に電話が入る。事情を聞いてみると、美容室で依頼したストレートパーマがきちんとかかっておらず、翌日から修学旅行なのにくせ毛でいじめられるという。

 同僚が担当したお客だったが、前泊さんは夜中の3時までかけてパーマをあてなおした。「美容室に来るって僕らにとっては日常だけど、お客様にとっては特別な一日なんだ」と思い知らされ、これが人生の転機になった。

 沖縄に戻り、26歳で牧志に美容室兼衣料品兼バーのお店をオープン。最初は毎日涙しか出ないほど赤字が続く日々が6年もあったが、その後はスタッフに恵まれ、2015年に改めて那覇のおもろまちと宜野湾に美容室を、宮古にエステサロンを開店させた。

 「僕は、その時々で人に恵まれた。ロックフェスの先輩たちも、宮古が大好きで大人の背中を見せ続けられる覚悟があってカッコいい。僕もいつか宮古のために違う形で恩返しすることが夢」と語る前泊さん。「できないことは何もない、苦労を掛けた母親に自慢の息子でありたい」と、優しい瞳で語った。

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