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宮古の事業家・下地米一の生涯
2013年12月8日(日)8:55

宮古の事業家・下地米一の生涯⑦

百年の布石

◆離島を活かす道


晩年の下地米一

晩年の下地米一

下地米一の平良市(現宮古島市)の市長在任が二期目も後半に入ると、それまでに播かれた種が開花しはじめる。
1992(平成4)年の初めには、宮古島と池間島をつなぐ池間大橋が開通。真栄城徳松が市長時代に予算化に奔走し、米一市長にその後を託した事業が、ついに完成をみたのである。これと入れ替わるように、米一市長が元伊良部町長の川満昭吉とともに要請を続けていた伊良部大橋建設の事業化に成功した。近い将来、この大橋が完成すれば、下地島の国内最大級の3000メートル滑走路が、世界からの観光客誘致や物流の活性化に活躍するだろう。さらにこの年12月には、米一市長がかねてから要請していた民放用中継局も完成し、それまでNHKだけであった宮古で、沖縄テレビ(フジテレビ系列)と琉球放送(TBS系列)の民放2社の番組が、本土と同時に楽しめるようになった。この年には、宮古島市民球場も完成している。翌1年は、砂川の地下ダムからの散水が開始した。

宮古の生活・農業・観光・物流の基盤は整った。米一市長が次に目指すべきこととして掲げたのが、“離島であること生かした島づくり”だった。三期目も視野に入った1993年(平成5)年5月の演説で、「私は市長として、宮古島が離島であることをハンディとして捉えるのではなく、離島であることを生かし、離島であることがむしろよかったと実感できるような仕事をしたいと常々心がけてきた」と構想を発表。国際的な観光地への離陸に向けたトゥリバー地区コースタルリゾートの着工、アセアン諸国と日本の間の貿易中継点への発展を目指した平良港のさらなる整備、そして宮古の伝統文化の発信地としてのマティダ市民劇場の建設をスタートさせた。米一市長は、宮古がその自然と立地を武器に飛躍する布石を打ったのである。

◆大福農場

しかし1994(平成6)年7月、三期目を目指す選挙で、米一市長は、革新系の新人伊志嶺亮に敗れる。ここに米一の市長時代が終わった。平良市議会議員として米一を支えた松原信勝は、「本当のリーダーだった。政治家というのはどんなに頭が良くてもダメで、他の人を動かす力が必要なんだ。米一さんにはその力があった」と語る。地下ダム建設をともにめざした西里秀徳は、「役所の書類に横文字などのわからない言葉があると、米一さんは、『これは、どういう意味だね?』と周囲にきいていました」と、飾らぬ性格を懐かしむ。
全力で戦った選挙戦が終わると、米一は、翌日から次の事業に着手した。畜産業である。かねてから米一には、宮古島は大型畜産に向く、広い土地さえあれば大型畜産は誰でもできる、との持論があった。米一は、この持論を証明するためにも大神島を臨む丘陵地帯に「大福農場」を設立。72歳の新事業スタートだった。牛を飼育するために必要な牧草は、島で採れる。しかも完成した地下ダムから水を引けば、それまで年に4回が限界だった牧草の収穫が年8回に増えるうえ、干ばつにも耐えられる。米一は、丘陵地帯を整備し、牧草の収穫を増やしていった。常時飼育した肉牛や乳牛は1800頭。80歳を超えても、自ら牛を引いてセリにもでかけた。「高品質の産品で、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)でやってくる外国産にも負けない農業をつくるのだ」と意気込んでいたという。

◆夢をもちなさい

大福農場に通うかたわら、米一は、体が弱った節子夫人の介護を人に任せずいたわった。「苦労をかけどうしで感謝していると言って、心から母の面倒をみていました」と三女の恵子は振り返る。
2013(平成25)年5月17日、米一はいつもどおり5時に起床。軍隊時代に身につけた体操をしたのち、7時半には農場にでかけた。帰宅すると、実家に集まっていた娘や孫や曾孫たちに囲まれて、賑やかに鰻重を食べたという。その夜、永眠。91年の生涯であった。長女の直子は、「今でもどこかで見守ってくれている気がして、不思議と亡くなった悲しみはないんですよ」と語る。21日に執り行われた葬儀では、米一を乗せた白い霊柩車が、大米建設本店、宮古島市役所、大福農場の前をとおり、職員たちが整列して見送った。
晩年の米一は、希望を見失いかけている人には、『「夢をもちなさい。そうしたら進むべき道もみえてくる』と勇気づけていた」と長男の妻千代美は言う。年齢も性別も職業も関係ない。自分の持ち味を生かして家族や地域のために貢献することこそ、生きる喜びであると。「勉強を頑張れる人もおれば、体を動かし汗をかいて頑張る人もいる。絶対に中途半端ではダメだ」。それが米一の口癖だった。愚直なまでに黙々と自分に与えられた仕事をこなす地味で素朴な人だった。家族や仲間や郷土をとことん愛し守り抜いたその人生は、これからも生きる我々に、夢を持ってがむしゃらに生きることの素晴らしさを教えてくれる。(敬称略)(おわり)

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