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ペン遊・ペン楽
2011年6月22日(水)23:00

祈りの時間/上原 みち子

ペン遊ペン楽2011.6.23


 はじめて書くことを苦しいと感じた。日本中が悲しみに包まれた3月から、それは避けようのない問題として心にありながら、当事者でないものが話題にするにはあまりに口はばったく、向き合えない時間がそこにあった。


 大学時代のひと時を、毎日のように一緒に過ごした友人がいる。最初に出会ったのは旭川だった。顔を合わせば挨拶ぐらい、見た目も華やかな女子大生だった彼女とは付き合う友達も違い、女子同士が感じる互いに異質な存在だった。たまたま同じ年に一年間沖縄で暮らすという特異な経験がなければ、その後の付き合いもなかっただろうと今も思う。

 だから彼女と過ごしたのは沖縄だ。同じアパートに住み、一緒に食事しうわさ話に花を咲かせ、海へ街へとリゾート気分を満喫した。親しくなっても異質感は変わらず、一つの事に対する考え方や対処法がことごとく違った。明るく愛嬌がありちょっとわがまま娘という雰囲気の彼女に巻き込まれながら、それを心地よく感じていたことを覚えている。

 一年を経て彼女は旭川へ。卒業後は地元福島へ帰り3人の娘を持つ母となった。私はといえばそのまま沖縄へ残り、いまこの島で暮らしている。

 私にとって人生の転機ともなった一年を共に濃く過ごしたからだろう、長い間一緒にいたように思える。しかし改めて考えると後にも先にも一年間の付き合いなのだ。

 だからだろう。あの日、メルアドも携帯番号もわからず、自宅はつながるはずもなく、共通の知人も思いつかないまま無事を確認できずにいた。すぐに葉書を投函するも、届くか否かわからないまま、テレビの前でやきもきする日々が続いた。

 連絡がついたのは3週間が経った頃。倒壊した家を片付けに行った折、配達されている葉書に気付いたという。無事を聞きほっとするも、原発の危険で子どもと離れて暮らしているとの話に胸が痛んだ。何と声をかけていいかわからず、絵文字なんて使えないとカタいメールをする私に、デコメ絵文字いっぱいの目映いばかりの返信をしてくる彼女、なんてらしいんだろうと思わず笑ってしまうほどだ。

 そんな彼女も、長引く不安にトーンが変わってきている。

 「外で思いっきり深呼吸がしたい」そんなメールが届いたのは、沖縄では梅雨明け宣言が出た夜のこと。翌日の青く輝く空の下、出勤途中の車内で涙がこぼれた。

 朝夕20分の通勤時間が、私の祈りの時間になっている。ラジオや音楽を聴くでもなく、ただ遠くにいる友を想う時間。ややもすると日々に忙殺され、人ごとのように過ごしてしまいがちな私を引き戻してくれるとき。ゆったりと車を走らせながらその時間を持つことが、私にとって大切な日課となっている。

 「次原発に何かあったら、その時は宮古へ飛んでいく」とメールがきた。

 「会うのが楽しみなんて言っちゃいけないね。でもいつでも会いたいと思ってるから。心配しないでいつでもおいで」

 どうか、これ以上の苦しみがありませんように。笑って元気に会えますように。そんな祈りを、祈るしかできないもどかしさを抱えて、今日も一日を過ごしていく。
(図書館司書)

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