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ペン遊・ペン楽
2012年9月12日(水)22:30

不思議な話/伊良部 喜代子

2012.9.13 ペン遊ペン楽


 あの世の存在を信ずる人もいれば、そんなものはなく、死と同時にすべては無に帰ると言う人もいる。宮古島に生まれ育った私は、小さい頃からウタキにまつわるさまざまな神秘や、身近な存在であったムヌスー(ユタ)たちの口から語られる不思議な話などを、自然に受け入れてきた。それ故であろうか。時々、不思議なできごとに遭遇することがある。


 今年の4月末。大学の先生やシャーマニズムの研究者、民俗学者などが集ってざっくばらんに語り合う懇話会に誘われて上京した。その日の東京は汗ばむ程の陽気であった。会場の小さな喫茶店には、懇話会のメンバーの他、特別参加の男のユタが一人いた。

 始めに民俗学の老先生が話をして、次にユタのYさんが話した。ユタになってまだ日が浅いという奄美出身のYさんの話は、今年の11月に富士山が噴火し、来年2月頃には関東地方に大地震が起きて、東京が火の海となり、たくさんの人が死ぬという予知夢のことであった。自分の予知夢はたいてい当たるが、今度ばかりははずれてほしいと願っていると、Yさんは言った。新聞やテレビでも、地震の研究者たちが繰り返し、近い将来の大地震の警告をしていることでもあり、Yさんの言っていることは本当かもしれないと思いながら聞いた。Yさんは続けて、自分がよく利用する小岩駅には、鉄道自殺や事故で死んだ人の幽霊が2~3人いつも立っていると話した。その人たちはどんな姿で立っているのかと私が問うと、普通の人間と同じ恰好だと言う。一見してこの世の者ではないのがわかるのかと重ねて問うと、すぐわかるとYさんが答えたちょうどその時からである。私の背中のあたりに冷風が吹き始めた。冷房の吹き出し口から冷たい風が吹き出るように。窓がほとんどないその店は少しむし暑かったので、店の人が気をきかせてクーラーを入れてくれたのだと思った。冷房の吹き出し口の近くに座ってしまったようだと思い、後をふり返って見たり、天井を見上げたりしたが、どこにもそれらしきものはない。バッグからスカーフを出して肩にかけ、ひざをハンカチで覆ったが、それでも寒い。隣席の女の先生に「冷房が強すぎますよね」と小声で話しかけると、「冷房は入ってないと思いますよ。暑いですから」と、怪訝な顔をされてしまった。念のために、店の人が飲み物を運んできたとき、冷房が入っていますよねと聞くと、いえ、冷房はつけていませんとのこと。しばらくすると何かが私の後からそっと髪をなでた。二度も。実は以前にも似たようなことが何度かあったので、それほど驚きもしなかった。私はYさんに言った。「私の後に何か見えますか」。Yさんは、見ようと思えば見えるが、すぐには無理だと言う。小岩駅の幽霊はすぐに見えるのに、どうしてと思ったが仕方ない。結局Yさんは私の後の何ものかについて、最後まで何も言わなかった。

 会の終了後にみんなで食事をして、午後8時頃ひとりで帰りの新幹線に乗ったときには、寒気はさらにひどくなり、体が妙にだるかった。11時過ぎにようやく仙台の家に帰り着くと、そのままベッドに倒れこんだ。半ば朦朧とした意識の中で、白い服を着た7~8歳くらいのかわいい女の子が、おかしそうに声を立てて笑いながら、部屋の中でスキップするのが一瞬見えた気がした。あれはいったい現実のことだったのか。それとも、ただの幻覚だったのか、今もよくわからない。
 (宮古ペンクラブ会員・歌人)

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