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ペン遊・ペン楽
2013年9月12日(木)9:00

「うるかの夏」/根間 郁乃

2013.9.12 ペン遊ペン楽


 15年ほど前に公開された『菊次郎の夏』という映画がある。

 幼い頃に母親と生き別れた小学生の男の子が、ある夏休みに母を訪ねて旅に出る。ひょんなことから遊び人風の中年男が同行することになり、2人のおかしな道中が始まる。そこで出会う人々との関わりの中で、男の子は、日常とは違う世界を垣間見る-。

 全編が淡々としたコント風の不思議な味わいなのだが、そこに流れる久石譲の主題曲が、なんともいえない余韻を残す。

 今年、夫の薦めで初めてこの映画を観て、私は小学5年生の夏のことを思い出した。

 -なんだかあれこれうまくいかない日々であった。まちなかにある大規模校の、四十数名編成で9クラスもある学年の中で、信頼できる友人は見つからなかった。運動神経が鈍かったことなどもあり、からかわれる対象になっていたのだろう。思い立ってスポーツ系の部活に入ってみるも、続かなかった。学校に行くのがとにかく億劫だった。

 どういうふうにそうなったのか覚えていないが、私は週末になると、ときおり城辺にあるご家庭に泊まりがけで遊びに行くようになった。「うるかのおじさんおばさん」とうちの家族が呼んでいたその家は、私がまだ赤ん坊の頃に子守をお願いしていた縁で、長く付き合いが続いていたのである。

 私がなんの役に立つわけでもなかったが、ちょっとした家事を手伝わせてもらったり、キビの夏植えの様子を見に畑に行ったりした。裏座にある、その家のお姉さんの部屋で、ラジオのAM放送で流れる少し年上の世代のフォークソングを聴きながら、雑誌を読んでゴロゴロしたり、そんな時間を過ごした。お姉さんは、今で例えるなら、ドラマ「あまちゃん」の春子ママのような、ぶっきらぼうに見えて優しい人で、10年ぶりくらいに再び遊びに行くようになった私に、ほどよい距離感で接してくれた。

 旧盆の頃には、料理上手なおばさんと台所に立ち、天ぷらを揚げ、仏壇に果物を並べた。また、おじさんに教わりながら、ご先祖様に持たせるウチカビに金づちで銭型の刻印を打ち込んだりと、実家とはまた違った体験をした。

 そんなふうに穏やかに流れるリズムは、家と学校の往復だけでは、きっと感じられなかっただろう。受け入れてくれたおじさんおばさん、そして週末に通わせてくれた両親には、ほんとうに感謝している。あの時間があったからこそ、私は深々と呼吸ができて、いまこうして立っていられるのかもしれない、とさえ思う。

 今年も旧盆の前に、お中元を届けに行くと、うるかのおじさんおばさんは変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

 「でもね、もうになるよ…」とおじさんは笑い、急に時間の流れを感じた。

 仏壇の中には、赤ん坊だった私の子守をしてくれたオバアの写真がある。いつもの年と同じように手を合わせ、じゃあまたね、と、おいとまをした。

 帰り際、周囲に広がるキビ畑から風がそよいできて、おでこをなでてゆく。

 あの夏の記憶がよみがえり、私は涙が出そうになって、車のハンドルを握りしめる。

 頭の中で『菊次郎の夏』の音楽が聴こえた気がした。

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