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2010年12月8日(水)23:00

ありがとう貘さん/市原 千佳子

ペン遊ペン楽2010.12.9
ありがとう貘さん/市原 千佳子

 12月から3月にかけて、宮古島ではサトウキビを満載して、大型トラックが堂々と頻繁に島中を駆けめぐる光景が見られる。それはもう、冬の風物詩ともなっている。


 この時期には、何度も思い出してしまう詩がある。山之口貘の「ねずみ」という詩である。それは、往来で死んだねずみが、次々にやってくる車輪に轢かれ、どんどん平たくのされ、ねずみでなくなって、死でもなくなって、ただの平たいモノになって、往来で反り返っているという詩である。

 どうしてこの詩を思い出してしまうかというと、トラックから往来に墜ちるサトウキビの一本が、その「ねずみ」の運命をたどるからである。墜ちて誰にも拾われることのないサトウキビは、はじめは蛇のように道路に寝そべっている。やがて、その上を多くの車輪が通り、のされ続ける。サトウキビはすだれになり、さきいかになり、やがては風化してしまい、影も形もなくなってしまう。その共通の運命によって、私には常に、宮古島の一本のサトウキビと貘の一匹のねずみが、オーバーラップされて浮上してくるのだ。

 最近、その「ねずみ」の自筆原稿(コピー)を手で触れるという幸運に浴した。

 去る11月3日、通院のため那覇空港に降り立った私は、沖縄県立図書館創立100周年記念「山之口貘文庫開設展」の初日が、まさに当日であるという情報を得た。時間はあまりなかったがもちろん会場へ直行だ。何という幸運な偶然か。いや、これは必然。貘さんがおいでおいでをしたのだろう。

 「貘文庫」の開設は、貘自筆原稿7500枚を、娘さんの泉さんが寄贈したことが発端となったようだ。まずは会場を一巡。ターゲットを決めて、それに集中して観たいと考えた。詩誌「歴程」創刊第一号(昭和11年10月)の前と、推敲原稿を収納したガラスケースの前で足が止まる。

 まずその「歴程」だが、草野心平が中心となって創刊された同人誌で、現在通巻571号まで発刊されている。私は、貘賞受賞を契機に、当時選考委員だった山本太郎さんに推挙していただき、「歴程」に入った。329号(1986年)からだった。そのような私にとっては幻のような創刊号が目の前にあることが信じられなかった。畏敬の念か。復刻版とも気づかず、「触ってもいいですか」と聞いたほどだった。ご先祖様の御骨を示されているような妙な震えがきた。震えながら捲った。なんと貘さんが詩を発表しているではないか。「日曜日」と「鏡」の二篇。貘さんが歴程同人であることは知っていたが、創刊からの同人であったとは。私は再度震えていた。貘さんをぐっと偉く感じた。創刊号には、高橋新吉・中原中也・金子光晴・宮澤賢治・草野心平等々のお名前もあった。

 さて、貘さんの推敲の跡は凄まじかった。そこには詩魂が新鮮に息づいていた。寄贈された7500枚のうち6072枚が推敲原稿。貘さんは、一作が決定稿になるまでの過程をすべて一束に整理して残していた。それに、その一過程一過程が一字の直しもなく丁寧な楷書で清書され尽くされていた。凄まじいほどの詩への傾倒を見たと思った。詩「ひそかな対決」は188枚。「弾を浴びた島」は158枚。それぞれ費やしていた。ところが、わたしの好きな「ねずみ」の詩は、たった一枚きりだった。一発で完成で、推敲無しということ? どう解釈したら良いのか。

 山之口貘は1963年7月19日、59歳で永眠。くしくも、自分が貘の年齢に達した今年に、改めて貘の詩魂に触れ得たことは、誠に不思議な必然だとしか思えない。やはり、貘さんが私においでおいでをしたに違いない。貘さんありがとう。
 (宮古ペンクラブ会員・詩人)


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