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産業・経済 社会・全般
2011年5月15日(日)9:00

きょう 復帰39年

82年ピーク後減少/人口の推移

 県が毎年発行している宮古概観によると沖縄が本土復帰した1972年の宮古島市(当時は平良市、城辺町、伊良部町、下地町、上野村の5市町村)の人口(12月末現在)は5万8984人。昨年末の5万5036人(統計みやこじま)に比べ、市の人口は3948人減少している。


 宮古島市の「統計みやこじま」によると復帰後、宮古島市の人口は増加し、1980年に6万人を突破。1982年に復帰後ピークの6万1302人となった。

 ピークとなった82年からは一転して、10年連続で減少。一年間の減少幅も大きく毎年約500人が減少し、10年間で4971人減少。92年の人口は5万6331人となった。

 その後、減少幅は緩やかになり、2005年まで5万6000人台を保った。

 宮古の人口は2001年から毎年減少。06年に5万5000人台となり、2010年は5万5036人となった。

 人口は減少する一方で世帯数は毎年増加している。1998年に2万世帯を突破し、毎年増加して2010年には2万4000世帯を突破した。

 世帯数が増加する一方で一世帯当たりの人員は減少している。96年に初めて一世帯当たり3人を割り込み2・9人となると、年々減少し2010年は2・3人となっている。

 多良間村は、同村の年度末統計によると復帰した1972年度が2108人。75年度に2000人を割り込みその後も人口は減少。92年度には1400人台となり、2006年度から1300人台で推移。昨年度末現在では1303人となっている。

当時は販売額1億円超/かつお節

 県がまとめた宮古のかつお節生産高によると、1972年が生産量130㌧、販売額1億1952万円。最新統計の2009年が生産量17㌧、販売額1583万円で、72年と比べると生産量113㌧減(87%減)、販売額1億369万円減(87%減)となっている。宮古の特産品の一つであるかつお節の生産高は年々減少の傾向にあり、改めて伝統かつお節の行政による振興策が求められている。

 72年以降、かつ節の生産量が最も多かったのは98年の136㌧、販売額1億721万円は72年の実績には及ばなかった。

 本土復帰は本土並みの自由競争市場の幕開けであった。本土では78年、外国から安値のかつお節が大量に輸入され、県内市場にも出回った。かつお節の国内相場は変動し、その影響で県内のかつお節業界は苦戦した。

 また鹿児島県産や静岡県産などのかつお節も県内で販売され、県産のかつお節と競合した。その後、本土からのかつお節が優位に立った。

 また本土企業が、かつお節を削った商品「花かつお」で攻勢をかけ、地元沖縄の企業も受けて立つ戦略を展開したが、太刀打ちはできなかった。現在宮古では、佐良浜のかつお節工場が地産地消の拡大で健闘している。

 かつては宮古にはかつお節工場は16工場あったが、今は佐良浜で3工場が稼働している。カツオ一本釣り漁業で栄えていた池間島は廃業に追い込まれた。

 県では「カツオ漁獲量の減少に伴い、かつお節生産量も減少した」と指摘。その上で「この現状を打開するためには、浮き魚礁(パヤオ)などの漁場を利用した原材料の安定供給に加え、後継者の育成を続けることで、かつお節加工業が再び活性化するよう努力することが大切」と説明している。

 宮古のかつお節製造は1906(明治39)年に池間島で始まり、今年で105年。大正時代には、四国からかつお節技術指導員らが来島し、地元に技術を教えた。昭和初期には、当時の平良町でかつお節削り競技大会が開かれ、女性たちのかつお節削り技術が競われていた。


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