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花は島色
2018年7月29日(日)8:54

【花は島いろ】兼島 透さん(55歳)第一港運・営業部長

世界見て島の良さ実感


兼島透さん

兼島透さん

 【那覇支社】「全日本トライアスロン宮古島大会に例年出場するほか、ハワイ、台湾、佐渡、宮崎など国内外の大会出場経験もあります。世界を見ることで、いかに自分の生まれた島が素晴らしく、良いものであるのかも実感できます」と話すのは、宮古島大会でも名の知れた「チーム・ゴーヤー」に所属し、10年前からトライアスロンに出場するようになった兼島透さん(55)。現在、運輸会社の第一港運で営業部長の役職にある。

 城辺砂川生まれで、小学生の頃まで、砂川で過ごした。中学に上がるときに実家が平良に引っ越したため、平良中学校、宮古農林高校で学び、高校卒業後は沖縄国際大学へ進んだ。スポーツマンであるばかりでなく、実に多才で豊富な経験を持つ人物だ。

 平良中に在学中は、吹奏楽部でトロンボーンを演奏していた。宮古島の中学校が、初めて県大会に出場したときのメンバーだったという。

 例年開催される「宮古島夏まつり」のパレードに中学吹奏楽部が参加するようになったのも、兼島さんの世代からだと説明する。トロンボーンの趣味は、大学に進学した後も続き、演奏のアルバイトに困ったことはないと話す。

 「部活動の吹奏楽が、そのままアルバイトになりました。大学での定期公演以外にも、ダンスホールなど、生演奏を求めるダンスクラブなどがありました。15~16人でビッグバンドを編成し、忘年会やクリスマスシーズンは、依頼を受けて演奏したものです」と学生時代の思い出を語る。

 兼島さんの学生時代は吹奏楽にとどまらない。映画『イージーライダー』に魅了されてバイクを購入。大学3年生のとき、全国一周の旅に出かける。那覇から鹿児島行きの旅客船に乗船し、ついには北海道の広大な大地を踏みしめた。

 「宿はユースホステルがほとんどでした。夕食後に『コーヒータイム』という時間があり、利用者が一堂に会して自己紹介するのが慣例で、全国各地の友人を作ったものです」となつかしむ。秋田で知り合った人が北海道帯広市に住んでおり、今でも家族ぐるみの付き合いがあるという。

 日常、営業部長として勤める港運業界については、「地味な業界に思えるかも知れませんが、実は港運業からは、県内の様相がしっかり見ることができるのです」と話す。

 県外からの荷物の約9割が船舶輸送であることなどから、その「積み荷」の様子で、県内で行われている様々な事業の状態が分かるのだという。「いわば、社会の縁の下の力持ち。毎日、楽しく仕事をさせてもらっています」と明るい笑顔を見せていた。

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