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2011年10月8日(土) 23:01

岩田 恵美子さん(65歳)/手作り工房「結」主宰

宮古の織物の良さアピール


岩田 恵美子さん

岩田 恵美子さん

 「高校生のころ、映画見学に出掛けるため旧下里公設市場にあった衣料品の店で、安いネルの生地を買い自分の服を縫った」と楽しそうに話す。戦後物のない時代、端切れは洋裁の好きな岩田さんにとって大切な宝物だった。その思いは今も消えることなく、洋裁が生きがいとなった。若い頃はファッションショー荒らしとさえ言われるほど、コンテストで幾つもの賞をさらってきた。



 現在、上地でペンションを営みながら、その傍らで工房を開設する。そこはカラフルな生地や宮古織りのかりゆしウエア、女性のカジュアルブラウスなどデザインを凝らした衣類が並ぶ。「夢中になったら、つい時間を忘れて夜を明かすこともしばしば」と苦笑、情熱は衰えを知らない。洋裁だけでなくリボンフラワーやコサージュの作成など、手作りが性分に合っている様子だ。


 東京での生活が長いが、息子の病気療養で郷里に帰ったのが14年前。今では両方の家を行ったり来たり、最近は宮古での生活が中心となった。6年前からは妹が営んでいたペンションを譲り受け、食堂も兼ねる。地元で仲間を求めて3年前ファッションクラブ「糸車」に入会、活動の幅を広げた。宮古の産業まつりでは、出品作品が「宮古織りデザインコンテスト」で表彰されるなど、常に前向きに活動する。


 現在力を入れるのは、16日、宮古島東急リゾートで開かれる「糸車」主催のファッションショーに向けた作品の制作。「一人一人ノルマがあって、私は10着作らなければならない。仕事の合間にデザイン画を下描きし、生地を選び、マネキンに針を打っていく。どんなに仕事が忙しくても、ミシンに向かわない日は、何かを忘れているようで1日が終わらない」


 宮古に帰って最初に手掛けた作品は両親が残してくれた古布だった。「上布や宮古織りは洋裁にも十分活用できる」と話し、まず求めたのは仲間だった。洋裁組合や糸車に加入し、「これからも仲間と共に宮古の織物の良さをアピールしていきたい」と意欲。

 
 岩田 恵美子(いわた・えみこ) 1945年12月20日、平良字西原に生まれる。宮古農林高校を卒業後、希望ヶ丘服装学院(那覇市)師範科卒。2002年・05年、宮古の産業まつりで表彰される。06年、南日本デザイナークラブ九州支部主催のフレッシュコンテストで優秀賞。08年、パリホテルムーリス(仏)で開催された「博多織・久留米絣コレクションINパリ」で功労賞。夫・雅次さんとの間に2男。