2012年4月12日(木) 22:44

愛唱歌/渡久山 春英

2012.4.12ペン遊ペン楽



 ホウセンカは一年草である。どこの家にも植えられていた。学校では理科の観察・実験の教材として植えられていた。植物体の器官・組織のはたらきを観察するのに、ホウセンカは適している。根に入った水(栄養分)が茎を通って葉にたどりつくまでの、一連の動きが見られるのである。赤インキがよく用いられていた。



 ホウセンカの花びらは赤・黄・青の染料として、終戦後まで女の子の遊びに供された。晩秋の頃に、庭先や木の下や御嶽の境内に集まって、爪を染めていた。ホウセンカの花びらを指でつぶして、汁液を塗るのである。その美容法は、だれからともなく、いつからともなく、「てぃんさぐぬ花」と歌われるようになった。わらべ歌的なのんびりしたメロディーであるが、歌詞は教訓歌である。単なる流行歌ではなく、庶民の素朴な暮らしの中から生まれた、沖縄を象徴する歌である。特に「島ことば」で全体を歌うところに、沖縄の風土に根付くゆえんがあろう。沖縄県は復帰40年を記念して「てぃんさぐぬ花」を県民の愛唱歌に決定した。「書いて残そう島々のことば」は沖縄県の施策でもあり、時宜を得た愛唱歌の選定に賛同するものである。これからは「歌って残そうてぃんさぐぬ花」として、隆昌することを願いたい。さらに、各学校では校歌に次ぐ愛唱歌として、沖縄県の誇りを伝えていきたいものだ。なお、三線の初心者向けのやさしい曲である。


 琉球古典芸能「紫の会」の初代家元の島袋光裕先生は、「いらうとうがに」を宮古のトロイメライと絶賛された。旋律は八重山の「とぅばらーま」に似ているが、いらうとうがにの方が年代は古いそうである。音域が広くオクターブを超えての声量は、聞く人に感動を与える名歌である。世はまさにカラオケの時代だ。大劇場にも島ことばで歌うカラオケ大会があった。賢者立ても凡人も老若男女を問わず、島歌を絶唱しよう。生物学の大家・三線の大家の久貝勝盛先生は、ラオス国の学生に三線指導も意欲的のようだ。拍手したい。


 琉球古典音楽は、正座して遠い山を見るごとく、背筋を伸ばし胸を張り、撥は大胆に弾く。歌は品性豊かに堂々と歌う。これが三線の心得である。言うまでもなく八・八・八・六の韻律は琉歌のもつ最高の美のリズムである。琉球の文化・文芸・歴史が凝縮されている。テストを受けるときは11項目の厳しい審査基準がある。ちなみに半音・長音・小節が発声できれば合格である(昨年は合格率13%)。


 愛唱歌といえば校歌に勝る歌はあるまい。真心をこめて母校の発展を願い、永久に栄えよと在校生をはじめ、同窓会の会場などで歌うのが校歌である。学校の統廃合は校歌の消滅でもある。今回の学校統廃合の見直しは当該地域の皆さんの、安堵の声が聞こえるようだ。地域振興策と学校の存続は一体であることがわかった。これからは「学校規模適正化対策班」の、地域が納得できる民主的な説明を期待したい。


 余談になるが、きょう4月12日から16日の間に、弾道ミサイルがこの宮古島の上空を通る可能性を本紙は伝えている(3月25日)。他のマスコミも臨戦態勢を思わせる内容の報道だ。もちろん国の万全の対処策を信じたい。われわれ住民は行政・議会に頼るしか術はない。どうか宮古島にミサイルが落ちないよう願うものである。あわせて全日本トライアスロン宮古島大会の盛会を祈念して止まない。


(宮古ペンクラブ会員)