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2012年6月25日(月) 22:12

「生命誌」(行雲)

 2011年、ひとつの銀河の中心で太陽の97億倍の質量を持つブラックホールが発見された(NHK cosmic front)。科学が示す宇宙の広大さやその様相は改めて私たちを驚嘆させる。何よりも、その中にいて、宇宙の年齢さえ知っている人間の存在は「奇跡」と言わざるを得ない



▼そのような人間と、自然と人工(都市・制度・政治・経済・科学技術など)の関係を科学を切り口に明確にして、あるべき人間社会を展望する「総合の知」の世界を「生命誌」と称して探求する人々がいる。画家ゴーギャンが絵画で描いた「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」という問いと同じ問いに立ち向かっている


▼詩人は詩による切り口で、人間や生命の理法に迫る。その一人、吉野弘は誰でも見聞きしている現象の意味を深く掘り下げる


▼「I was born」という詩がある。日本語では、「私は生まれた」であるが、英語では受身形である。私は自分の意思で生まれたのではなく、生まれさせられたんだ、ということになる。ひとつの言葉をモチーフに詩は展開されていくが、生命の連続性を考えさせる


▼芙蓉の花にはおしべとめしべがあるが、めしべの形は自家受粉を避けて、外部に向けられている。詩人は「生命は、その中に欠如を抱き、それを他者から満たしてもらうのだ」と普遍化する


▼まど・みちおは、個人のかけがえのない尊厳性を詠う。「僕がここにいるとき/他のどんなものも/僕にかさなって/ここにいることはできない」