2012年10月10日(水) 22:53

渡り鳥を呼び寄せる「池間湿原」構想/伊良波 盛男

2012.10.11 ペン遊ペン楽


 池間島のイーヌブー(北の入江)が池間湿原という地名で公称されるようになったのは古来ンナトゥ(港/ンナトゥ干潟)と呼ばれた湾口の池間漁港(池間避難港)整備完了後の1982(昭和57)年以降の出来事かどうか。長寿土着の民は、今なお親しみ深くイーヌブー地名を唇に乗せて追懐の念を抱いているが、この呼称は今や古称になりつつある。


 往古のンナトゥの蘇生・復活はどう考えても不可能な話となったが、池間湿原に限っていえば、元のイーヌブー蘇生・復活は困難視されても新風を吹き入れた視座を据えれば幅広い有効活用の実現を見ることはできる。


 昨今、島内外の巷間で池間湿原問題が話題としてふくらむことがあるが、散漫的で収集がつかない。焦点が定まらない場合は、問題を一点に絞り込めば複雑怪奇に絡み合ったガンジガラメ難題も案外容易に解けることがある。


 私は、渡り鳥に焦点を当て、その一点から池間湿原活用を考えている。この限られた紙幅では舌足らずの粗削りが露呈するかもしれないが、大筋は理解していただけると思う。


 現在の池間湿原は、真水が満々と張った状態なので渡り鳥の渡来数は少ない。海水を導入して干潟造成をはかれば、いずれはエサになる生き物の繁殖が見られるだろう。そうなれば渡り鳥はエサを求めて大挙渡来するのだ。ちなみにラムサール条約登録湿地の与那覇湾(宮古島)が好例である。


 私はラムサール条約登録湿地の「谷津干潟」(千葉県習志野市谷津)の里に20数年停留し、ゴミ捨て場と化していた干潟の蘇生・復活に賛同して微力ながら協力を惜しまなかった。さらに修行のため諸国をめぐり歩いて見聞をひろめた。


 渡り鳥の渡来に関して衆目の参考に資したい。


 例えば、千葉県の「印旛沼」は、恵まれた自然景観の湖沼ではあっても、池間湿原に似通って真水が満々と張った状態なので渡り鳥は水面にそれ相応の数だけ浮かんでいる。この湖沼は採餌場にならないのだ。


 一方、「谷津干潟」の自然景観は「印旛沼」に優ることはないが、渡り鳥のエサが豊富な潟湖である。水路一本(水量調節用の水門などの設備はない)で東京湾の一部となっているので干潮時には干上がる。広大な干潟が造成され、魚釣りのエサとしても用いられるゴカイなどが砂泥中からあらわれる。


 採餌できないところに渡り鳥は渡来しないのだ。
 池間湿原整備に関しては、その一方策として海水導入がキーワードとなるだろう。
 海水導入は3通り考えられる。
 ○漁港から導入。漁港と湿原はもともと連なった入江(海峡・内浦)だった。
 ○船越から導入。船越地域は、1525年以前は外海とつながった瀬戸(海峡)だった。
 ○漁港と船越の両方から導入。


 湿原に海水を導入すれば、目下繁茂中の植物相の生態系に深刻な環境問題の生起が予想されるが、腹を据えて未来の暁を予測し、思い切らないと何事も成し遂げられない。


 先人の教導に「●啄同時」という大金言があり、別言すれば「●啄之機」とも呼ばれて得難い時機を指す。池間大橋に関しても「●啄之機」が熟して架橋相成った。内力と外力が釣り合いよく調和して「●啄同時」が成就する。


 池間湿原整備に関しても「●啄同時」の熟した時機の到来を期待したい。その「●啄同時」が実っておのずから得難い時機の開示となるのだ。


※●は口へんに卒

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