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行雲流水
2013年1月7日(月)22:30

「詩と真実」(行雲流水)

 数学者の遠山啓は【詩人失格】の中で書いている。どこからともなく聞こえてくるかすかな音を聞いた。そして、その音の正体が分かった。砂がくずれて高い崖をすべり落ちる音だったのである。何百万年前につくられた地層の上を、砂がかすかな摩擦音を立てながらすべり落ちる音は永劫の時間が何かをささやいているように思えた。彼はその感動を詩で表現しようと試みたが、どんな言葉を並べても法悦に似た感情を表すには遠かった


▼物理学者の寺田虎彦は「自画像」の中で書いている。あるとき、電車の中で子供を一人連れた夫婦の向かい側に座を占めて無心に二人の顔を眺めていたが、少しも似ていなかった。ところが、子供を注意して見ると、その子は非常によく両親のいずれにも似ていた

▼また、あるとき、鏡を見て自画像を描いているうちに、描いている顔が不意に亡父の顔のように見えてきた。彼は完全に独立した自分というものの自画像を描こうと試みたが、独立した自分というものがみじんに崩壊してしまっていることを感じてがくぜんとする

▼『詩と真実』に収録された文章の中の二つの話であるが、人は日常生活のほかにも、詩的なものや美の世界を求める存在であることを感じさせる

▼この書には「美をつくるのは人間と自然の友情である」。「私たちが自由だから鳥と空がつながる」。「愛する者にのみ、美は開かれる」などの言葉が見られる

▼「宇宙の中にいて、人は意識で宇宙をつつむ」。宇宙は万象とともに、人において内面の世界を広げている。

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