06/27
2022
Mon
旧暦:5月29日 先負 辛 
ペン遊・ペン楽
2011年5月11日(水)23:00

サニ(種/遺伝的プログラム)を探せ/伊良波 盛男.

ペン遊ペン楽2011.5.12

 

 私の著述計画に三部作なるものがある。それは①『池間民族屋号集』、②『新編池間島の地名・池間島の聖地』、③『サニ(種/遺伝的プログラム)』の三部である。①②は既刊。私は③の『サニ(種/遺伝的プログラム)』編著の方法論として、誠実に人道的倫理を踏まえ、民間伝承文化を有力な手がかりとする民俗学的手法を考えている。医学的・科学的論文に関しては関係者の医学専門家にその執筆の依頼を予定している。


 サニに関して、例えば、サンシン・歌を主軸とするサニならば伊計一族も挙げられる。例えば、水中メガネ・サバニ造り名職人のサニならば仲原村の与儀一族もすぐさま連想される。このサニは、職人魂を内蔵し形を変えて顕現することもあるだろう。

 身近な人物を取り上げてみる。川上一氏の画家才質にはまさしく職人芸が息づいている。池間島の川上一族にそのサニは探求しにくいので視線を母方のサニに向けてみると、なんと母親が与儀一族の女であることが判明したのだ。川上一氏の母方の祖父与儀栄吉は、先島有数の名職人の一人で万人が舌を巻く伝説上の人物なのだ。川上一氏の絵描きの才能は、与儀一族の祖父を通して流れる名職人のサニだったのである。

 ついでに、私自身も取り上げてみる。私には父方の伊良波一族の海人のサニも母方の与那覇一族の音楽のサニも流れている、父方の先達伊良波捨市は並外れた海人だった。母方の祖父与那覇(波平)隆博は噂の名高いサンシン奏者だった。その長女節子の長男波平重夫は、民謡歌手として宮古民謡保存協会会長として幅広く活躍している。私の母ハチ(次女)は、少女時代に師匠についてサンシンもギターも習った。私も音楽愛好家でジャンルを問わず聞いている。下手くそながら作曲も可能である。

 私には山城一族のシャーマンのサニも流れている。池間島の山城一族にはシャーマンのサニが極めて濃厚に混入しているのだ。母方の先達山城時蔵(1832~1910)という人物は、その子孫と土着の民の口碑伝承によると稀有のムヌスー(物知り/ユタ)だった。その孫にあたる祖母の山城メガサラは生来のムヌスーだった。その曾孫の母ハチは評判のニガインマ(巫女)である。その玄孫(やしゃご)の私は、僧侶をこころざして道元禅師の精神を創学精神とした大学に進んだことがあった。私の文学のサニは、文学少女だった母の遺伝因子の伝授と資質発現に基づくものである。

 山城時蔵の曾孫にあたる山城康成は、諸国巡礼の旅を終えて池間島に原点回帰を果たし、今や宮古地域の巷間で噂のムヌスーとして活躍中である。

 わが池間島では大金言の「ナウマイ、サニンドゥガーライ」(何もかも、サニに由来する)という精神文化が機能して日常的に使われているが、誇り高き池間民族の鉱山からはサニのダイヤモンドも磨けば必ずや光り輝くサニの原石も無尽蔵に続出している。
(宮古ペンクラブ会員・詩人)

カテゴリー一覧

ID登録でパソコン、タブレット、スマートフォンでお手軽に!