「美術」あるいは「工芸」のこと/仲間 伸恵
私見公論 35
宮古の美術・工芸の世界って、どういうものなのでしょう。
「美術」には、絵画、彫刻、デザイン、写真などいろいろありますが、なかでもいちばんに思い浮かぶものといえば「絵画」でしょうか。市民文化祭などでは宮古の多くの方々の力作をみることができますし、時々、絵画展も開催されたりします。「デザイン」や「写真」は、特別に「美術」と意識することはなくても私たちの日常生活のいろいろな場面にあって大きな役割を果たしてくれています。例えば宮古Tシャツのデザインやポストカードの写真、特産品のパッケージなど私もよく楽しませてもらっています。
「工芸」には、織物、焼物、木工、貝細工、民具など多くの手仕事があります。
美術も工芸も、本来は生活の中に根ざしたものだと思うのですが、日々の暮らしの中では、そんなに意識するものでもないのかもしれません。私も、宮古で生まれ育って高校を卒業するまでの間、宮古の美術や工芸についてあまり意識することもなかったように思います。
そんな私が美術・工芸にしっかりと出会ったのは、紆余曲折の末、進学先に教育学部美術工芸科を選んだのがきっかけでした。沖縄本島で過ごした大学時代、沖縄の美術界や工芸界はそれなりに活発でおもしろい状況でしたが、宮古の情報について(勉強不足ですみません)私はほとんど知りませんでした。その後長い時を経て宮古に戻った現在、当時の反省も込めて、宮古の美術・工芸について沸々と興味が湧いてきているところです。
「美術」と「工芸」は、アカデミックな意味では分けなければいけないものなのでしょう。ですが、作り手としての私の個人的な気分の中では、大きな違いなく存在しています。乱暴に言ってしまえば、ただ、片方には用途がなく片方にはある、というくらいの感覚です。
現在私は、染織物(工芸)の制作とファイバーアート(絵画と染織とをまぜたような美術作品)制作の両方に取り組めるというとても幸せな、ありがたい環境にいさせていただいていますが、まさしく工芸も美術も、生みだす気持ちとしては同じだと思っています。どちらも、何かをつくりだすよろこびは(生みの苦しみと表裏一体ではありますが)同じだと思います。自分の感覚と技術を磨いて、目に見えない〝気配〟のようなものから目に見える〝かたち〟を創りだす作業は、ものづくりの醍醐味な気がします。
しかし、創りだされた「美術作品」と「工芸作品」が作り手の手を離れた後には、違った道があるのでしょうね。美術作品も見てくれる人になにか力を及ぼすと思いますが、工芸作品は手に取って使ってくださる方によってさらに命を吹き込まれていく気がします。そこが工芸の魅力の一つだと思います。
私を故郷に呼び戻してくれた宮古上布に感謝し、「苧麻」という島の恵みに感謝しつつ、私もはやく、纏う人によろこんでもらえる宮古上布を、きれいな布を、織れるようになりたいです。
これからの宮古の美術工芸はどんな風になっていくのでしょう。宮古の多くの人がわがものとして関わっていけるものであってほしいと願います。作り手として、使い手として、あるいはさまざまな形での関係者として。伝統を受け継いでいく仕事、伝統を育てていく仕事。この場所から新しく生まれてくるものもあるかもしれません。
ひとがつくりだすものには、必然的に作り手の生きている時代の空気が含まれるものだと思います。今日まで先輩たちが何を創ってきたのか、そしてこれから、この島で人々が何を考え何を生み出していくのか。今、私たちもその一端を担っています。