川満 七重さん(37歳)/唄者
「ありのままを唄いたい」
つやのある歌声は、気負いもてらいもなく自然に聞き手に入ってくる。その心地よさは多くの人たちを安らぎの世界へと引き込む。7年前、宮古民謡に出会い、日々歌と向き合う中でその深さも分かってきた。25歳で、初めて分かったルーツ。宮古島の存在を確かめるために単身訪れた島で出会った一つが民謡だった。
「宮古民謡は、大地の実り、暮らしの願いをありのままを唄っている。人間が主体ではなく自然の恩恵の中で生かされていることを教えてくれる」
若手民謡唄者として活動し、常に歌の「元」を探す。宮古の先輩たちから歌や話を聞き、少しでも島の暮らしと共にある「うた」に近づこうと努力する。「最初の頃は、観光のお客様をどう楽しませようか、そこだけに気を使ったが、今はつくり過ぎず自然と共に生きたありのままの世界を唄うことに集中したい」と話す。
祖父・新憲さん(故人)が平良字狩俣の出身だった。若い頃、九州生まれの祖母と広島・因島に渡った。5男2女をもうけるも、子どもたちに宮古島の話を詳しく話したことはなかったようだ。小さいころ川満という苗字が変わっているといつも不思議に思った。2000年に行われたサミットで、沖縄県の島々がテレビに映り、島にあこがれ小浜島に渡った。そこで、たまたま仕事で来ていた宮古島の人との出会いがきっかけで、初めて川満のルーツを知ることになる。
その後、宮古島に渡り勧められて平良重信民謡研究所の門をたたく。2年前、尊敬する人から「島のことを勉強したら歌にもっと深みがでる。成長を楽しみにしている」と励まされ、それから宮古島の暮らしや言葉などの勉強会に出掛けるようになった。「西原コーラスゆりの会」との出会いもそこから始まった。地域の行事にも積極的に参加、東日本復興支援100回ライブでは回も出演した。
昔の人たちは権力に屈しないすべを歌で乗り越えてきた。歴史の中に脈々と流れる先人の思いが歌に込められている。
「宮古島の唄を学び、ありのままをうたう先輩たちの姿勢を見習って自分の中に根付かせたい。周りの方たちのおかげで島で暮らせることに感謝し、地道に活動を続けたい」と謙虚。
川満 七重(かわみつ・ななえ)1975年12月4日生まれ。静岡県で生まれ大阪で育つ。2000年にルーツをたどり、05年に再び来島、宮古民謡と出会う。06年、第1回なりやまあやぐ大会で最優秀賞。08年、宮古民謡保存協会で最高賞取得。