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社会・全般
2014年8月28日(木)9:00

胸像移転に役立てて/故盛島明長氏

「二十五日会」が実行委に寄付


二十五日会の古波蔵会長(左から2人目)から実行委員会の下地会長(同3人目)に寄付金が贈呈された=27日、市平良庁舎市長室

二十五日会の古波蔵会長(左から2人目)から実行委員会の下地会長(同3人目)に寄付金が贈呈された=27日、市平良庁舎市長室

 宮古中学校(現宮古高校)創設や宮古高等女学校の県立への移管など島の高等教育機関設立に大きく貢献し、政界でも大きな業績を残した下地出身の故盛島明長氏の胸像移転に役立ててほしいと、下地地区出身の建設業者10社で組織する「二十五日会」の古波蔵實会長と川平健雄副会長は27日、市平良庁舎市長室で、同会会員から集めた20万円を南秀同窓会・盛島明長胸像移転実行委員会(下地常之会長)に寄贈した。

 寄贈式には南秀同窓会の仲地清成会長、下地敏彦市長らが立ち会った。

 寄贈式で二十五日会の古波蔵会長は「郷里の生んだ建学の父の胸像が旧宮古神社境内に放置されているのは忍びない。会員の寄付を移転費用として少しでも役立ててほしい」と述べた。

 同移転実行委員会の下地会長は「旧制宮古中学ができるまでは、沖縄本島に出ざるを得ず、膨大な教育費がかかったという。われわれは盛島氏の恩恵に預かって今があることを大事にしなければならない」と述べ、浄財に対し感謝の意を表した。

 南秀同窓会の仲地会長は「旧制宮中建学は当時、宮古郡民の悲願であった。胸像移転には沖縄南秀同窓会などの多くの皆さんの協力を得ながら実現させたい」と話し、寄付に感謝した。同胸像の移転建立は宮古高校敷地内を予定し、10月末に移転、11月中旬に除幕式を予定している。

 盛島 明長(もりしま・めいちょう)1880(明治13)年12月19日下地間切洲鎌村に生まれる。1902年沖縄県師範学校卒業後、4月から宮古高等小学校訓導を2年勤務。04年4月長崎医学専門学校入学、08年3月同校卒。09年1月盛島医院を開業(旧友利医院)。11年宮古郡医師会長。17(大正6)年5月県議選に初当選。4期務める。その間に2期議長(宮古出身では初めて)。36(昭和11)年、衆議院議員に初当選(宮古出身者では初の国会議員2期連続当選)、41(同16)年3月24日、62歳で病疫。同27日に宮古郡民葬が執り行われた。


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